類似
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この概念を本でたどる
『言葉と物』で「類似」を読む
ミシェル・フーコー(渡辺一民 / 佐々木明訳)
本書は前半部でこのルネサンス的な「類似」の知を詳述し、17世紀に古典主義的な「表象」の知へと断絶的に置き換えられる過程を描く。この転換が本書全体の考古学的分析の出発点になっている。
この本とのつながりを見る類似とは、事物と事物のあいだにひそむ親近性・照応・共感をたよりに世界を読み解こうとする、16世紀ルネサンス期に特有の知のあり方である。ミシェル・フーコーは『言葉と物』において、この時代にはまだ言葉と物が分離しておらず、世界そのものが解読されるべき記号の織物として立ち現れていたと論じる。占星術や自然魔術のような周縁の知にとどまらず、当時の医学・博物学・宇宙論といった学問全般を組織していた知の枠組みだったとされる。
世界という記号の織物
ルネサンスの知において、言語は物の外側に立って指し示す透明な道具ではなく、物そのものと同じ地平に属していたとされる。天体の運行から植物の形状、人体の器官に至るまで、あらゆる事物は互いに似かよい呼応し合う一枚の布として織り上げられており、知るという営みは、この目に見える類似の連鎖をたどって隠された結びつきを掘り起こす作業にほかならなかった。自然という書物と、聖書や古代の書物とはこの意味で同じ生地の両面をなし、一方を読み解くことがもう一方の理解を照らし出すと考えられていたと伝えられる。
類似を組織する四つの形象
フーコーはこの類似の働きを四つの形象に分けて描き出す。空間的に隣接するものどうしが性質を伝え合う「適合」、離れていても鏡のように呼応し合う「競合」、実体ではなく関係そのものの相似を捉え、宇宙のあらゆる関係の中心に人間を据える「類比」、そして万物を引き寄せる「共感」と、それに歯止めをかけて世界が単一の塊に融け合ってしまうのを防ぐ「反感」である。これら四つが幾重にも重なり合うことで、天体・鉱物・植物・人体はそれぞれ孤立した領域ではなく、隅々まで意味に満ちた一つの場所として立ち現れたと伝えられる。
しるしという手がかり
もっとも、類似はそれ自体としては目に見えない。ある植物の形が身体のどの部位に効くかを告げるように、事物には隠れた親近性を指し示す「しるし」が刻まれていなければ、その類似は誰にも知られないまま埋もれてしまう。世界を読むとはこのしるしを解読する行為であり、言語の存在様態そのものがいまだ物から切り離されず、言葉もまた読み解かれるべきしるしの一部をなしていた。この枠組みのもとでは、一つのテクストは別のテクストへの類似のしるしを宿すがゆえに、注釈という営みが際限なく増殖していったとされる。
表象の秩序への断絶
『言葉と物』は、この類似にもとづく知が17世紀を境に、古典主義的な表象の秩序へと不連続に置き換えられていく過程を描く。世界はもはや解読すべき記号の織物ではなく、同一性と差異にしたがって秩序立てて表象される対象となる。フーコーにとってこの転換はゆるやかな進歩ではなく、あるエピステーメーから別のエピステーメーへの認識論的断絶にほかならない。この断絶をあぶり出す考古学的方法にとって、類似から表象への移行は本書全体の分析の出発点をなしている。
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ミシェル・フーコー(渡辺一民 / 佐々木明訳)
本書は前半部でこのルネサンス的な「類似」の知を詳述し、17世紀に古典主義的な「表象」の知へと断絶的に置き換えられる過程を描く。この転換が本書全体の考古学的分析の出発点になっている。