考古学的方法
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この概念を本でたどる
『言葉と物』で「考古学的方法」を読む
ミシェル・フーコー(渡辺一民 / 佐々木明訳)
本書はこの方法を用いて博物学・一般文法・富の分析、そして生物学・言語学・経済学という異分野の知を横断的に比較し、共通のエピステーメーを浮かび上がらせる。方法論としての精緻化は後の『知の考古学』で図られる。
この本とのつながりを見る考古学的方法とは、ミシェル・フーコーが『言葉と物』を書く際に用いた独自の歴史分析の手法である。ある学説が何を主張したか、ある思想家が何を意図していたかを追いかける「観念史」の営みとは一線を画し、そもそもある時代において何が知として語られうる対象になっていたのかを規定していた、無意識のうちに働く規則の層そのものを掘り当てようとする。知の考古学、言説の考古学、エピステーメー分析などとも呼ばれる。『言葉と物』自体の原題副題は une archéologie des sciences humaines(人文諸科学の考古学)である。
観念史との訣別
考古学的方法は、特定の思想家が何を意図し、何を信じていたかを問わない。学説の独創性や真理性を評価し、思想家同士の影響関係・継承関係をたどって一つの伝統の連続的な発展を描き出すのが観念史だとすれば、それは言説を語り手という主体の産物として扱ってしまうことになるとされる。フーコーが掘り起こそうとするのは、そうした主体の背後で、何が語られうる知として現れることを条件づけているのかという規則の層であり、この視点は主体の不在という発想に直結する。時代は連続的に発展するのではなく、ある規則の体系から別の体系へと非連続的に移行するとされ、この非連続性の強調は認識論的断絶の理解とも重なる。
『言葉と物』における横断比較
本書はこの方法を用いて、古典主義時代の博物学・一般文法・富の分析と、近代の生物学・言語学・経済学という、互いに無関係に見える知の領域を横断的に比較する。分野の違いを超えて共通に働いていたのは学説の内容そのものではなく、ものをどう分類し語にどう意味を与えるかを規定する表象の秩序、すなわち時代ごとのエピステーメーだったと論じられる。さらにこの方法を人文諸科学の成立そのものに適用することで、フーコーは「人間」という認識主体自体が近代に現れた比較的新しい配置にすぎないと論じ、人間の終焉というテーゼを導き出すことになる。
構造主義との近さと距離
共時的な規則の体系をあぶり出そうとするこの発想は、同時代の一般言語学講義に連なる構造主義の言語学と響き合うと評されてきた。もっともフーコー自身は、みずからを構造主義者の一人として位置づけられることには距離を置いたと伝えられる。考古学的方法が明らかにしようとするのは静的な構造の一覧ではなく、ある規則の体系から別の体系への移行そのものだからである。
系譜学への展開
『言葉と物』での実践を踏まえ、方法そのものの精緻化は後の『知の考古学』で図られ、言説の形成規則という道具立てがより体系的に定式化された。さらに後年、フーコーは権力関係の分析(知と権力)を組み込んだ系譜学的方法へと軸足を移していくが、その転回を経てなお、ある時代の知を可能にしていた条件を掘り起こすという考古学的方法の基本姿勢は保たれ、『監獄の誕生』における権力分析にも色濃く受け継がれている。
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ミシェル・フーコー(渡辺一民 / 佐々木明訳)
本書はこの方法を用いて博物学・一般文法・富の分析、そして生物学・言語学・経済学という異分野の知を横断的に比較し、共通のエピステーメーを浮かび上がらせる。方法論としての精緻化は後の『知の考古学』で図られる。