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構造主義

structuralismestructuralism構造主義的方法

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言葉と物』で「構造主義」を読む

ミシェル・フーコー(渡辺一民 / 佐々木明訳)

フーコーは本書で言語学・精神分析・民族学といった構造主義的な「反-科学」を、人間諸科学を脱中心化する力として位置づける。刊行当時は構造主義の代表作として受容されたが、フーコー自身はその分類に異を唱えた。

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構造主義とは、表層に現れる個々の現象そのものではなく、その背後でそれらを成り立たせている無意識的な構造・関係の体系を解明しようとする思考の様式である。ある要素の意味はそれ自体にではなく、体系の中で他の要素とどう関係するかによって決まるという見方に立ち、20世紀半ばのフランスで言語学を起点に人類学・精神分析へと広がって、個人の意識や意図を出発点に置く実存主義的な人間観に取って代わる知の潮流として思想界を席巻した。

言語学から広がった方法

ソシュールが一般言語学講義で示したラング/パロールの区別――個々の発話(パロール)ではなく、それを可能にしている体系(ラング)を分析対象に据える発想――が、構造主義的方法の原型になったとされる。この発想はレヴィ=ストロースによる親族関係や神話の分析、ラカンによる無意識の分析へと応用され、言語学に限らない諸学問共通の方法として結晶していった。

『言葉と物』における構造主義

ミシェル・フーコーは『言葉と物』で、言語学・精神分析・民族学を、意識や主体を出発点とする従来の学とは異質な「反-科学」として位置づける。これらの学は人文諸科学の成立を支えてきた思考の奥にある無意識の構造を掘り起こし、人間を分析の中心から退けることで人間諸科学そのものを脱中心化する力になるとフーコーは論じた。この脱中心化は主体の不在を露わにし、近代に登場した「人間」という概念そのものの人間の終焉を予告する動きへとつながる。こうした分析は、同書が考古学的方法によって時代ごとのエピステーメーの変容を描き出そうとする試み全体の一部でもあった。

代表作という評価とフーコーの違和感

『言葉と物』は刊行時、レヴィ=ストロースの構造人類学やラカンの精神分析と並ぶ構造主義の代表作として熱狂的に受容され、フーコーもまた「構造主義の世代」の一員とみなされた。しかしフーコー自身はこの分類に繰り返し異を唱えている。彼の関心は普遍的な構造の体系を打ち立てることではなく、ある時代の知がなぜその形を取ったのかという歴史的条件を掘り起こすことにあり、自らの方法を構造分析ではなく考古学と呼んだ。時代を超えて妥当する静的な構造モデルへの還元は、フーコーの企図とは本質的になじまなかったためだと考えられる。

ポスト構造主義への展開

この違和感は、やがて構造主義そのものを問い直す動きへとつながっていく。ポスト構造主義は、構造主義が前提としてきた体系の安定性や中心性を疑い、構造には固定した中心などなく、絶えずずれながら権力関係の中で作り替えられ続けるものだと捉え直したとされる。フーコー自身も『言葉と物』以降、知と権力の結びつきや、監獄の誕生が描く規律的な権力の歴史的な形成過程へと関心を移していく。構造主義が切り開いた「無意識の構造を読み解く」という視点は、ポスト構造主義において「その構造自体がいかに歴史的・権力的に作られていくか」を問う視点へと引き継がれていった。

この概念を扱う本

この概念を扱う本(1冊)

言葉と物
言葉と物

ミシェル・フーコー(渡辺一民 / 佐々木明訳)

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フーコーは本書で言語学・精神分析・民族学といった構造主義的な「反-科学」を、人間諸科学を脱中心化する力として位置づける。刊行当時は構造主義の代表作として受容されたが、フーコー自身はその分類に異を唱えた。