知脈

ラング/パロール

langue/parole言語体系と発話

ラング/パロール——言語とは共有物か、個人の使用か

「言語」と一口に言っても、二つの全く異なるものが含まれる。ソシュールはこれをラング(langue)とパロール(parole)に分けた。ラングは言語共同体が共有する規則・コード・体系。パロールは個人が実際に行う発話・言語行為。言語学はラングを研究するものだというのがソシュールの立場だ。

ソシュール『一般言語学講義』の区別

ラングは社会的事実だ——個人の意志では変えられない。「犬を『ネコ』と呼ぼう」と個人が決めても、ラングは変わらない。ラングは学習によって個人に内面化されるが、その起源は社会的慣習にある。音韻規則・文法・語彙——これらはラングの構成要素だ。

パロールは個人的事実だ——個人ごとに異なり、具体的状況に依存する。ソシュールはパロールをラングの実行と見た。ラングがチェスのルールなら、パロールは実際の1手だ。チェスの駒の動かし方(ラング)を知ることと、実際の対局(パロール)は別物だ。

ソシュールは言語学がラングを対象とすべきだと主張した。パロールは個別的すぎて体系的分析ができない。普遍的なラングの構造を記述することが言語科学の課題だ——これが構造主義言語学の出発点だ。

チョムスキーによる変奏:能力と運用

チョムスキーはソシュールの区別を変奏した。言語能力(competence)と言語運用(performance)の区別がそれだ。能力は理想的な話者が持つ言語の知識(ラングに近い)。運用は実際の発話(パロールに近い)。しかしチョムスキーの能力は社会的ではなく個人の頭の中にある心理的実在だ——ここがソシュールとの根本的差異だ。

チョムスキーは普遍文法(すべての人間の言語に共通する深層文法)の存在を主張した。これはラング概念を個人の心理に内在化し、かつ普遍化する試みだった。

実際の言語使用への視点——パロールへの注目

ソシュールはパロールを研究対象から外したが、後の言語学はパロールの研究も進めた。語用論(pragmatics)はどうパロールが文脈に依存するかを研究する。談話分析は実際の会話・テキストの構造を分析する。社会言語学はパロールの社会的変異(方言・社会階層・性別による差異)を研究する。

バフチンはソシュールを正面から批判した。言語は常に対話的(dialogic)であり、ラングのような単一の体系に還元できない。言語は声(生きた発話)の多声性であり、記号の閉じた体系ではない——これがバフチンの立場だ。

現代AIとラング/パロール

大規模言語モデル(LLM)はこの区別に新しい光を当てる。LLMは大量のパロール(実際のテキスト)から「言語の統計的構造」を学習する。これはラングの学習か、パロールの統計学習か。LLMが「文法を知っている」のか「よくある文字列を生成する」のかという議論は、ラング/パロールの区別への計算論的問いかけだ。

言語記号の恣意性とあわせて読むことで、ソシュールの体系が理解できる。言語本能(ピンカー)と言語の再帰性は、ラング概念の生物学的・認知的基礎への問いだ。

ラング/パロールの区別は、「言語を学ぶ」とはどういうことかを問い直す。子どもは無数のパロール(発話例)からラング(規則体系)を帰納する——しかしこの帰納を可能にする先天的な能力(チョムスキーの普遍文法)があるのか。この問いは今も言語科学の中心にある。

この概念を扱う本

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一般言語学講義
一般言語学講義

フェルディナン・ド・ソシュール

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言語の社会的体系(ラング)と個人的発話(パロール)の区別が構造言語学の出発点