普遍文法
普遍文法——すべての言語の底に同じ文法があるのか
世界には6,000以上の言語がある。語順(SOV・SVO・VSO等)も、音韻体系も、格変化の有無も異なる。しかしすべての言語に共通する深層構造があるとしたら——チョムスキーが「普遍文法(Universal Grammar, UG)」と呼んだ仮説はそう主張する。
チョムスキーの普遍文法の基本テーゼ
チョムスキーは1957年の『統語構造』から生涯をかけて、言語の深層文法を探求した。その核心にある問いは「刺激の貧困(poverty of the stimulus)」だ——子どもが接触する言語データは不完全で曖昧なのに、なぜ複雑な文法を習得できるのか。
チョムスキーの答え:言語学習を可能にする先天的な知識(または傾向性)が人間の脳に組み込まれているからだ。これが普遍文法だ。普遍文法は特定の言語の文法規則ではなく、どんな言語にも適用できるより抽象的な原理——「移動(Movement)」「縛り(Binding)」「再帰性(Recursion)」——の集合だ。
再帰性は特に重要だ。人間の言語は原理的に無限の文を生成できる。「私は[彼が[彼女が[それを知っていると]言ったと]思う]を知っている」のように、構造を無限に入れ子にできる。この能力が人間言語の決定的特徴だとチョムスキーは主張した。
ピダハン語の挑戦
エヴェレット『ピダハン』は普遍文法論への最も有名な反例を提供した。アマゾンのピダハン族の言語には、文を入れ子にする再帰的埋め込み構造がないと彼は主張した。「私は彼が去ったと知っている」は言えず、「彼は去った。私は知っている。」と二文に分ける。
もし再帰性が普遍文法の核心なら、ピダハン語はその普遍性を否定する。エヴェレットはさらに踏み込み、ピダハン語の構造はピダハン文化の「当事者原則(直接経験したことのみ話す)」から来ると主張した——言語は普遍的脳ではなく文化によって形成されるという主張だ。
この主張に対し、チョムスキー陣営は「エヴェレットの分析は間違っている」「ピダハン語にも別の形の再帰性がある」と反論した。論争は現在も決着していない。
言語本能との関係
ピンカーの言語本能論は普遍文法論と親族関係にあるが、チョムスキーとピンカーは進化論的解釈で異なる。チョムスキーは言語が自然選択の直接の産物かどうかに慎重だ——言語は何か別の適応(一般的知性・道具製作)の副産物かもしれない。ピンカーは言語は明確に自然選択の産物だと主張した。
両者が同意するのは「言語を可能にする先天的な脳の組織がある」という点だ。異なるのは「その組織が言語専用か(チョムスキー)、より一般的か(ピンカー)」「それは自然選択の直接の産物か(ピンカー)、副産物か(チョムスキー)」という点だ。
普遍文法の現代
普遍文法論は認知言語学・神経言語学・言語習得研究に深く浸透している。しかし批判も根強い。類型論的研究は言語多様性の大きさを示した。エヴィダンシャル(証拠性マーカー)や多声調(10以上の声調)など、一部の言語にしかない特徴が多数ある。
「普遍文法」が何を指すかは、チョムスキー自身の理論の変化(標準理論→GB理論→ミニマリスト・プログラム)とともに移動してきた。現在の「ミニマリスト・プログラム」では、核心的操作は「Merge(二つの要素を組み合わせる)」だけに絞り込まれている。
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