文化相対主義
文化相対主義——どの文化も正しい、という主張の危うさと可能性
「食人も文化だから尊重すべきか」——文化相対主義への批判は往々にしてここに向かう。しかしこの批判はしばしば藁人形だ。文化相対主義の本来の主張は「他の文化を理解するには、その文化の内側の論理から見なければならない」というメソドロジー的要請だ。それは道徳的放任主義ではなく、認識論的謙虚さの要求だ。
複数の本にまたがる文化相対主義の展開
文化相対主義は一冊の本から生まれたのではない。複数のフィールドワークと理論的蓄積が積み重なった。
ルース・ベネディクト『菊と刀』は、日本文化を「恥の文化」として記述した。欧米の「罪の文化」(内面の良心による自己規制)と異なり、日本人は他者の視線・評判への配慮で行動を規律する——とベネディクトは論じた。戦時中にアメリカ政府の要請で書かれたこの本は、「敵を理解する」ための文化相対主義的方法論の実践だった。
クロード・レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』は、ブラジルの先住民との接触を哲学的な問いとして記述した。彼の問いは「未開とは何か」だ——「文明」の名のもとに破壊された文化が、実は高度な思考体系を持っていたという認識が『野生の思考』に結実した。
ベネディクトとレヴィ=ストロースの方法論の比較
ベネディクトの「パターン論」は、各文化を独自の「パターン(型)」を持つ有機的全体として見る。アポロ的(秩序・節度)とディオニュソス的(過剰・陶酔)という類型で文化を比較した。この類型化には「西洋の概念での整理」という問題が残る。
レヴィ=ストロースの構造主義は一歩進んだ。文化の表面的多様性の下に、普遍的な思考の構造(二項対立・神話の変換規則等)があると論じた。これは「すべての文化に共通の論理がある」という意味で普遍主義的だが、その論理は西洋理性ではなく人間の脳の構造から来るという意味で相対主義とも両立する。
エヴェレット『ピダハン』の挑戦
ダニエル・エヴェレットが記述したアマゾンのピダハン族は、文化相対主義の最も鮮烈な現代的事例だ。ピダハン語には過去・未来の時制がなく、数の概念がなく、再帰的な文構造がない。ピダハン文化には「直接経験したことのみが真実だ」という原則(当事者原則)がある。
エヴェレットはキリスト教の伝道師としてピダハンに入り、最終的に自身が無神論者になった。「ピダハンの世界観の方が、私が伝えようとした宗教より一貫していた」という告白は、文化相対主義の認識論的挑戦の生きた事例だ。
文化相対主義の限界と人権
文化相対主義の問題は「すべての文化的実践を批判できなくなる」という懸念だ。女性割礼・名誉殺人・カースト差別を「文化だから」と黙認することは許容できないという批判は正当だ。
現代の人類学は「メソドロジー的相対主義」と「倫理的相対主義」を区別する傾向がある。他文化を理解するためには内側から見なければならない(メソドロジー的相対主義)が、普遍的な人権の基準は認める(非倫理的相対主義)——という立場だ。
ブリコラージュ・神話的思考とあわせて読むことで、レヴィ=ストロースの文化論の全体像が見える。言語本能(ピンカー)との対比では、文化の多様性と人類の普遍性のどちらを強調するかという問いが浮かぶ。
文化相対主義が最も価値を持つのは、自文化を「当然」と思う慣性への抵抗としてだ。「なぜ私たちはこうするのか」を問わずに他文化を批判するとき、それはしばしば権力の反映だ。他者を理解しようとする謙虚さ——これが文化相対主義の真髄であり、グローバル化した世界を生きるための実践的知恵でもある。
概念ネットワーク
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この概念を扱う本(9冊)
クロード・レヴィ=ストロース
西洋近代文明を相対化するアマゾン先住民族の文化の分析
ダニエル・L・エヴェレット
ピダハンの世界観—直接経験のみを語る文化という文化相対主義的記述
ルース・ベネディクト
外部観察者による文化相対主義的日本文化分析の先駆け
クロード・レヴィ=ストロース
文化相対主義の実践—すべての文化は平等に「良く」機能する論理を持つ
新渡戸稲造
西洋人読者向けに日本文化を説明するという比較文化論的姿勢
クリフォード・ギアーツ
ギアーツは素朴な相対主義を超え、文化を理解するために必要な解釈的姿勢として相対主義的態度を位置づけ、普遍主義との緊張を保ちながら論じる。
マルセル・モース
モースはポリネシア・メラネシア・アメリカ先住民などの贈与実践を比較分析し、贈与という普遍的行為の文化的多様性を文化相対主義的に描いた
ジャレド・ダイアモンド
文明の優劣を否定し、地理的・環境的要因で文明の差を説明する文化相対主義的アプローチをとる。「西洋の優位」という常識を根本から問い直した
ユヴァル・ノア・ハラリ
宗教・貨幣・国家を「虚構」として相対化し、文明間の優劣を否定した文化相対主義的アプローチで人類史を書き換えた