論理階型
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この概念を本でたどる
『精神と自然』で「論理階型」を読む
グレゴリー・ベイトソン(佐藤良明訳)
「クラスはそのメンバーではない」というラッセルの原理が、ベイトソンの学習のレベル論やダブルバインド論の論理的骨格をなす。本書でも階層的思考の方法論として繰り返し参照される。
この本とのつながりを見る「クラスとそのメンバーは、同じ論理のレベルに属さない」——この一見地味な原理が、コミュニケーションの行き違いから精神の病理までを説明する鍵になるとしたらどうだろうか。論理階型(logical types)とは、数学者バートランド・ラッセルが集合論のパラドックスを解決するために提唱した理論で、あるクラスについての命題と、そのクラスのメンバーについての命題は異なる論理階型に属するという原理を指す。ラッセルの階型理論、メタレベル、論理的階層とも呼ばれるこの考え方を、グレゴリー・ベイトソンは精神と自然でコミュニケーション・学習・精神病理の分析へと応用し、階層的思考の方法論的な骨格に据えた。
ラッセルのパラドックスと階型の発見
20世紀初頭、ラッセルは素朴集合論に潜む深刻な矛盾に突き当たった。「自分自身を要素として含まない集合すべての集合」を考えると、この集合が自分自身を含むと仮定しても含まないと仮定しても矛盾が生じてしまう——いわゆるラッセルのパラドックスである。ラッセルはホワイトヘッドとの共著『プリンキピア・マテマティカ』で、これを階型理論として解決したとされる。個体・個体の集合・集合の集合というように論理階型を積み上げ、あるクラスについての言明はそのクラスのメンバーについての言明とは別の階型に属すると定めることで、自己言及がもたらす矛盾を禁じたのである。集合論の基礎をめぐるこの議論と、自己言及や階層の絡み合いというテーマは、ゲーデル、エッシャー、バッハでも中心的なモチーフとして扱われている。
学習にはレベルがある
ベイトソンはこの原理を純粋数学の外へ、生物のコミュニケーションと学習の領域へ持ち出した。ある課題を解けるようになることと、課題の解き方そのものを学ぶこと(学び方を学ぶこと)は、同じ種類の変化ではない——後者は前者より一段高い論理階型に属する変化だとベイトソンは論じる。この発想は学習のレベルの理論として結実し、単純な条件づけから、状況や自己についての前提そのものが変わるような深い変化まで、学習を階層として捉え直す枠組みを与えた。そして、あるレベルの変化を一段違うレベルの変化と取り違えること——たとえば関係の枠組みの変化を、個々の出来事の変化として扱ってしまうこと——が、次に見る病理の根にあるとベイトソンは考えた。
ダブルバインドと沈黙の掟
ベイトソンが階型概念をもっとも鋭く応用したのが、同僚たちと展開したダブルバインド理論である。言葉では愛情を伝えながら声の調子や身振りでは拒絶を伝えるというように、異なる論理階型に属する矛盾したメッセージを同時に受け取り、しかもその矛盾について指摘すること(メタレベルへ抜け出すこと)を禁じられている状況を考えてほしい。逃げ場のない関係のなかでこの構造が繰り返されるとき、受け手は階型のあいだで身動きが取れなくなるとベイトソンは論じ、これを統合失調症的なコミュニケーションの説明原理とした。関係についてのメッセージと内容についてのメッセージがどのように伝達されるかは、コミュニケーションのデジタル・アナログの区別とも深く関わっている。ベイトソンはサイバネティクスの学際的な議論の場でこうした考えを鍛え上げ、もともと形式論理の矛盾を防ぐための道具立てだった階型理論を、心とコミュニケーションを読み解く理論へと組み替えていった。
この概念を扱う本
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この概念を扱う本(1冊)
グレゴリー・ベイトソン(佐藤良明訳)
「クラスはそのメンバーではない」というラッセルの原理が、ベイトソンの学習のレベル論やダブルバインド論の論理的骨格をなす。本書でも階層的思考の方法論として繰り返し参照される。