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サイバネティクス

cyberneticsフィードバック理論制御理論情報と制御

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精神と自然』で「サイバネティクス」を読む

グレゴリー・ベイトソン(佐藤良明訳)

ベイトソンはサイバネティクスを、精神と自然の統一的な記述言語として位置づける。フィードバック回路こそが「精神」の物質的基盤であり、脳・生態系・社会のいずれもサイバネティクス的システムだと論じる。

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風呂の湯加減を調える時、人は無意識のうちに一つの回路を回している。ぬるいと感じれば湯を足し、熱いと感じれば水を足す——この「感知しては修正する」循環にこそ、二十世紀半ばに生まれたサイバネティクスの核心がある。フィードバックによる自己調整と制御を扱うこの学問領域は、ノーバート・ウィーナーが工学の中から起こしたものだが、グレゴリー・ベイトソンは精神と自然において、これを生命・精神・社会を貫く唯一の記述言語へと押し広げた。情報の流れそのものが系の振る舞いを規定するという発想は、機械にも脳にも生態系にも等しく当てはまるとベイトソンは考えた。

高射砲から生まれた循環の科学

サイバネティクス(cybernetics)という語は、ウィーナーが1940年代に定式化した。第二次大戦中、彼が取り組んでいた高射砲の自動照準——敵機の動きを感知し、狙いの誤差を計算し、次の一撃を修正する仕組み——から着想を得て、この「感知・比較・修正」の回路を機械一般の原理として抽象化したのである。この発想はすぐに工学の枠を超えていく。数学者・生物学者・人類学者が一堂に会したメイシー会議には、ベイトソンと妻マーガレット・ミードも名を連ね、フィードバックという概念が神経系や社会集団の振る舞いまで説明しうるのではないかという機運が生まれた。制御理論・情報と制御・フィードバック理論といった呼び名も、この機械と生命を横断する野心の表れである。

精神の物質的基盤としての回路

本書でベイトソンが賭けたのは、サイバネティクスを工学の応用事例の一つとしてではなく、精神(マインド)そのものを定義する言語として使うことだった。彼が挙げるマインドの基準——差異に反応し、情報によって駆動される系であること——は、フィードバック回路の性質をそのまま言い換えたものにすぎない。サーモスタットは室温という差異を感知し、それに応じて熱源を切り替える。この「差異が差異を生む」連鎖こそ差異の差異であり、ベイトソンにとって精神とはこの連鎖が閉じた回路をなす場所にほかならない。脳だけが特別なのではなく、回路さえ成立していれば、どんな系にも精神的特性が宿りうるというのが彼の主張だった。

直線的因果から円環的因果へ

サイバネティクスがもたらした最大の転換は、原因が結果を生み、結果がまた次の結果を生むという直線的な発想からの離脱だ。出力の一部が入力へ戻る円環的な因果——フィードバックループ——を基本単位として現象を見る視点である。この視点は、生態系が撹乱を受けても一定の恒常性を保つ仕組みや、社会集団が逸脱を吸収しながら秩序を維持する仕組みを語る言葉を与えた。さらに「回路を制御する回路」という入れ子の発想は、制御の規則自体が書き換わる事態——論理階型が扱う階層の混同——を考えるための足がかりにもなった。

複雑系科学への継承

サイバネティクスが切り開いた「情報による制御」という視点は、その後の複雑系科学にも流れ込んだ。もっとも力点は同じではない。複雑系や自己組織化の研究が、外部からの制御なしに秩序が立ち上がる過程に関心を向けるのに対し、サイバネティクスの主眼はあくまで目的からのずれを検知し修正する制御にある。両者は同じ祖先を持つ親戚でありながら、見ている方向が異なる。ベイトソンが遺したのは、この制御の言語を機械の外へ持ち出し、生命と精神と社会を一つの回路網として読み解こうとした視座だったと言える。

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精神と自然
精神と自然

グレゴリー・ベイトソン(佐藤良明訳)

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ベイトソンはサイバネティクスを、精神と自然の統一的な記述言語として位置づける。フィードバック回路こそが「精神」の物質的基盤であり、脳・生態系・社会のいずれもサイバネティクス的システムだと論じる。