パターンをつなぐパターン
CONCEPT → BOOK
この概念を本でたどる
『精神と自然』で「パターンをつなぐパターン」を読む
グレゴリー・ベイトソン(佐藤良明訳)
本書冒頭の問い「カニとロブスターと蘭と桜草と人間はどう関係しているか」に体現される。ベイトソンはこの問いを科学的・美的問いとして同時に提示し、本書全体の問題設定となる。
この本とのつながりを見るカニとロブスターと蘭と桜草と人間は、いったいどう関係しているのか——グレゴリー・ベイトソンが投げかけたこの奇妙な問いこそ、「パターンをつなぐパターン」という概念の出発点である。生物・精神・自然という一見バラバラな領域を貫いて、同じ構造的パターンが繰り返し現れているのではないか。ベイトソンはそう直観した。カニの爪の作られ方とヒトの指の作られ方、組織のなかを回るメモの枝分かれと受精卵が分裂しながら器官へ分かれていく様子——異質にしか見えないものの奥に同型の「つながりのパターン」を見出す視線は、ベイトソンにとって科学的な問いであると同時に美的な問いでもあった。この直観は生物学から精神医学、美学まで、およそ知の全領域の見方を組み替える射程を持っている。
本書を貫く冒頭の問い
『精神と自然』の冒頭でベイトソンが読者に突きつけるのが、まさにこの「カニとロブスターと蘭と桜草と人間はどう関係しているか」という一見突飛な問いである。彼はこれを単なる修辞ではなく、本書全体を貫く問題設定として提示する。生物学・精神医学・人類学・美学を横断してきたベイトソンには、専門分野ごとに切り分けられた知が世界の全体像を見失わせているという危機感があったとされる。もし生物界のあらゆる構造に共通して流れる「パターンをつなぐパターン」——ベイトソン自身の言葉では"the pattern which connects"、日本語では「メタパターン」や「統合パターン」とも呼ばれる——が実在するなら、それは分野の垣根を越えて世界を理解しなおす手がかりになる。本書はこの直観を科学的な仮説として、同時に一種の詩的な信念として検証していく試みだと言える。ベイトソンにとって、美しいと感じる形の背後には必ずこの種のパターンが隠れているとされる。
爪と指、メモと細胞分裂——同型を見る目
この概念を支えるのは、無関係に見える事物のあいだに共通の形式を見出す比較の作法である。カニの爪の関節がどう配置されるかと、ヒトの指の骨がどう配置されるかは、素材も進化の系譜もまったく異なる。だがその配置を生み出す発生上のルール、いわば「関係についての関係」には同型性が見出せるとベイトソンは論じる。同じように、組織のなかで回覧されるメモが部門ごとに枝分かれしていく構造と、受精卵が分裂を重ねながら組織や器官へと枝分かれしていく構造のあいだにも、共通の論理が透けて見えるという。個々の事物そのものではなく、事物と事物を結ぶ「関係」の形式にこそ、つながりのパターンは宿っている。事物を単独で調べ、分類し、数え上げているかぎり、この構造は見えてこない。
差異の連鎖、そして後世への広がり
ベイトソンにとってこの概念は孤立した思いつきではなく、彼の思考全体を貫く基盤である。世界を物や実体の集まりとしてではなく、差異の差異が織りなす情報の連鎖として捉える発想は、サイバネティクスから受け継いだ「関係こそが実在する」という見方の延長線上にあるとされる。ある差異が別の差異を生み、それがまた次の差異を呼ぶ——この連鎖の形式こそが、カニの爪にもヒトの指にも、生態系にも精神過程にも共通して立ち現れる。個々の要素ではなく関係のパターンに秩序の源泉を見出すこの発想は、後の複雑系科学が異なる分野に共通の秩序形成則を探る姿勢にも通じており、ベイトソンが半世紀近く前に投げかけた問いは今も色褪せていない。
この概念を扱う本
概念ネットワーク
線の太さは共通する本の数を表しています。ノードをクリックすると概念ページに移動します。
この概念を扱う本(1冊)
グレゴリー・ベイトソン(佐藤良明訳)
本書冒頭の問い「カニとロブスターと蘭と桜草と人間はどう関係しているか」に体現される。ベイトソンはこの問いを科学的・美的問いとして同時に提示し、本書全体の問題設定となる。