言語能力
CONCEPT → BOOK
この概念を本でたどる
『統辞構造論』で「言語能力」を読む
ノーム・チョムスキー(福井直樹 / 辻子美保子訳)
本書では『能力/運用』という術語自体はまだ用いられていないが、母語話者が新奇な文の文法性を直観的に判断できるという事実を出発点に、その基盤にある規則体系を文法として明示化する問題意識が示され、この区別は後の『文法理論の諸相』で明示的な術語として確立される。
この本とのつながりを見る言語能力とは、母語話者が有限の言語経験から獲得し、聞いたことのない文についてもその文法性を直観的に判断し、新しい文を産出・理解できるようにする、内在化された規則の体系である。「competence」や「言語知識」「母語話者の文法知識」、あるいは「tacit knowledge of language(言語の暗黙知)」とも呼ばれ、実際に話され使われる言語行動である言語運用(performance)とは区別される。この区別は、生成文法という研究プログラム全体を支える理論的な土台であり続けている。
文法性判断という出発点
ノーム・チョムスキーは『統辞構造論』で、母語話者が一度も耳にしたことのない文についても、その文法性を即座に判断できるという事実に着目したとされる。たとえば "Colorless green ideas sleep furiously"(直訳すれば「無色の緑の観念が猛烈に眠る」)のように意味的には支離滅裂でも文法的には整っていると判断される文と、単語をでたらめに並べただけの非文法的な文とを、母語話者は迷わず区別できるという。この事実は文法性と意味の独立を示す証拠であると同時に、有限個の文にしか触れていないはずの話者が、無限に多くの新しい文を生成し理解できる規則の体系を身につけていることの証拠でもあると解釈されている。『統辞構造論』の段階では「能力」「運用」という術語自体はまだ用いられていないが、この言語使用の創造性を支える規則体系を明示的な文法として取り出すという問題意識が、本書全体を貫いている。
能力と運用の分離
この区別が「言語能力」「言語運用」という対概念として明示的に確立されるのは、1965年の『文法理論の諸相』においてである。言語能力は、理想化された話者・聴者が持つ内在化された言語知識そのものを指し、言語運用は記憶の限界や注意の乱れ、言い間違いなど現実の発話に伴う制約のもとで行われる実際の言語使用を指す。ソシュールのラング/パロールの区別と比較されることもあるが、チョムスキーは言語能力を個々の話者の心・脳に内在する生物学的な実在として位置づける点で異なるとされる。
言語能力をめぐる論争
この区別には批判も向けられてきた。社会言語学者デル・ハイムズは、文法的に正しい文を作る力だけでなく、場面に応じて言語を適切に使い分ける「コミュニケーション能力」まで視野に入れるべきだと論じたと伝えられる。用法基盤(usage-based)の言語学やコーパス言語学の立場からも、内省的な文法性判断のみを一次データとすることへの懐疑が示されてきた。それでも、母語話者の直観という一見素朴な事実から言語の背後にある規則体系を取り出そうとする発想は、その後の生成文法研究全体を支える枠組みであり続けている。
言語能力が問うもの
言語能力という概念は、「子供はなぜこれほど限られた入力から、これほど短期間で母語を習得できるのか」という言語獲得の謎、いわゆる「刺激の貧困(poverty of the stimulus)」の問題を鋭く提起した。この問いは普遍文法という仮説へとつながり、言語学の枠を超えて認知科学・発達心理学における知識獲得一般の理解にも影響を与えてきたと言われる。統辞構造論が提起した素朴な観察は、半世紀以上を経てなお、人間の心の本質を問う視点として参照され続けている。
この概念を扱う本
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ノーム・チョムスキー(福井直樹 / 辻子美保子訳)
本書では『能力/運用』という術語自体はまだ用いられていないが、母語話者が新奇な文の文法性を直観的に判断できるという事実を出発点に、その基盤にある規則体系を文法として明示化する問題意識が示され、この区別は後の『文法理論の諸相』で明示的な術語として確立される。