機能環
CONCEPT → BOOK
この概念を本でたどる
『生物から見た世界』で「機能環」を読む
ユクスキュル / クリサート(日高敏隆訳)
本書はこの図式を繰り返し提示し、刺激と反応を一方向の機械的過程とみなす見方に対して、主体と客体を結ぶ循環構造として行動を捉え直す枠組みを与えている。
この本とのつながりを見る生物の行動は、刺激という入力に反応という出力を返すだけの一方向の過程なのか。機能環(ドイツ語で Funktionskreis、機能サークル・機能循環とも訳される)は、主体である生物と客体である対象を、知覚器官・知覚世界・知覚標識から作用器官・作用世界・作用標識へと結ぶ循環的な図式を指す。ヤーコプ・フォン・ユクスキュルは『生物から見た世界』でこの図式を繰り返し提示し、生物の行動を刺激反応の連鎖ではなく、対象を介して主体と客体が環を描くように結びつく構造として捉え直した。知覚と行為を一つの環でつなぐこの図式は、刺激反応論から認知科学に至るまで、生物の行動をどう理解するかという問いに関わり続けている。
知覚から作用へ、対象を介して閉じる環
機能環の骨格はこうなる。主体の知覚器官は、客体が担う知覚標識を捉え、それを主体の内部で知覚世界として構成する。この知覚世界の像は神経系を伝って作用器官に達し、作用世界における作用標識として客体に刻みつけられる。作用標識を刻まれた客体は物理的に変化し、変化後の客体は新たな知覚標識を差し出して、ふたたび知覚器官へと環をつなぐ。知覚世界と作用世界という対概念は、この環を形づくる二つの半円にあたる。重要なのは対象そのものに意味が備わっているのではなく、主体の知覚器官と作用器官の組み合わせが、対象のどの性質を標識として切り出すかを決めている点だ。客体は最初から刺激として存在するのではなく、環が閉じることを通じてはじめて主体にとっての対象として立ち現れる。
反射弧という機械論への異議
ユクスキュルがこの図式を繰り返し描いた背景には、当時優勢だった行動理解への異議がある。刺激を受容してから反応が生じるまでを一本の線として記述する反射弧の枠組みは、当時の生理学・心理学の主流だった。この発想は生物を一方向の因果が通過するだけの装置として扱い、主体の内側で何が起きているかを問わない。機能環はこれに対し、知覚と作用を結ぶ環そのものが主体によって組み立てられていることを示し、対象は主体を離れて独立に「刺激」であり続けるわけではないと論じる。この視点は、生物を外部入力に受動的に従う機械とみなす機械論批判の中心的な論拠となった。
一つの対象が、主体の数だけ環の中心になる
本書は一本の木や一輪の花を例に、そこに関わる生物ごとにまったく異なる機能環が結ばれることを繰り返し描く。同じ庭に立つ木も、そこに巣を作る鳥にとっては足場であり、樹皮を食べる幼虫にとっては栄養源であり、木陰で涼む人間にとっては日除けである。切り出される知覚標識も作用標識も、環を描く主体が変わればまったく別のものになる。個々の機能環は対象との一対一の関係を示す最小単位であり、ある生物が結ぶ機能環の総体が、その生物固有の環世界を織り上げる。一つの客体が見る主体の数だけ異なる環の中心になりうるという発想は、世界を単一の客観的な舞台とみなす前提を静かに覆す。
円環的因果性の先駆けとして
刺激から反応への一方向の流れではなく、主体と客体を結ぶ円環として行動を捉え直す発想は、後の学問にも影響を及ぼしたとされる。フィードバックによる自己制御を扱うサイバネティクスは、機能環が示した円環的な因果性の延長線上に位置づけられることがある。身体を持つ主体が環境との相互作用を通じて世界を意味づけていくという発想は、認知科学における身体化研究にも受け継がれていると評される。一枚の循環図として提示された機能環は、生物学の一分野を超えて、主体と世界の関係そのものを問い直す枠組みになった。
この概念を扱う本
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この概念を扱う本(1冊)
ユクスキュル / クリサート(日高敏隆訳)
本書はこの図式を繰り返し提示し、刺激と反応を一方向の機械的過程とみなす見方に対して、主体と客体を結ぶ循環構造として行動を捉え直す枠組みを与えている。