知脈

動物化

animalization動物の時代human becoming animal

CONCEPT → BOOK

この概念を本でたどる

動物化するポストモダン――オタクから見た日本社会』で「動物化」を読む

東浩紀

本書の書名にもなった中心概念。大きな物語なきポストモダンで萌え要素データベースに反応するオタクの主体像を『動物』として描き出す、第2章後半の到達点。

この本とのつながりを見る

見下すための言葉ではない

「動物化」は罵倒語のように響くが、東浩紀が『動物化するポストモダン』で使うとき、それは欲望の回路のかたちを指す技術的な用語である。問われているのは、人が何かを欲しがるとき、そこに他者が介在するかどうかだ。

コジェーヴの区別

出所はアレクサンドル・コジェーヴが1930年代のパリでおこなったヘーゲル『精神現象学』講義にある。コジェーヴは動物的な「欲求」と人間的な「欲望」を分けた。渇いた者が水を飲めば欲求は消える。対象がそれ自体で欲求を満たすからだ。これに対して人間の欲望は、他者の欲望を欲望する。自分が価値ある者だと認められたいという迂回が入るため、対象を手に入れても終わらず、かたちを変えて続いていく。コジェーヴにとって歴史とは、この承認をめぐる闘争の過程だった。だから闘争が決着して歴史が終われば、人間は人間としての条件を失い、環境と調和して生きる動物へ戻る。彼は戦後アメリカの豊かな消費生活のうちに、その「動物性への回帰」を見た。

ただしコジェーヴはそこで話を止めていない。1959年に日本を訪れた彼は、『ヘーゲル読解入門』第2版(1962年)に加えた註で、鎖国下の江戸期以来の日本には動物性への回帰とは別の道、内容を欠いたまま形式だけを洗練させ続ける「スノビズム」(原語では snobisme)があると書いた。能、茶道、生け花、そして切腹。歴史の終わりのあとの人間の姿として、コジェーヴはむしろ日本に期待を寄せている。

東による反転

東はこの図式を借りたうえで、向きを逆にする。かつてスノビズムの国とされた日本こそが、1990年代の消費において動物化の側へ移りつつある、というのが本書の見立てだ。ここが最も混同されやすい箇所で、コジェーヴが論じたのは歴史の終わりを迎えた人類の生存様式一般であり、東が論じるのは日本のオタク系文化に現れた消費のふるまいである。前者の結論を後者の根拠のように使うと、議論はたちまち崩れる。

東が動物化と呼ぶのは、キャラクターや設定の断片に反応し、満たされればまた次の断片へ移っていく消費の型である。そこでは、物語全体の意味を引き受ける構えも、他人と価値を共有して承認を得ようとする構えも、必ずしも要らない。欲求は他者を経由せずに完結する。ボードリヤールが消費を欲求の充足でなく記号の操作として捉え直したとき(『消費社会の神話と構造』の記号価値)、まだ差異の体系という社会的な参照枠が残っていた。東が描く水準では、その参照枠すら要らなくなっている。

動物化した人間は、それでも泣く

注意すべきは、東が動物化を「何にも感動しなくなること」と定義していないことだ。第2章には「解離的な人間」という節があり、そこで描かれるのは、目の前の小さな物語に本気で涙しながら、その背後では要素の集積に動物的に反応している、二つの水準が接続されないまま並存する主体である。感情の高ぶりと欲求の充足が、互いを支え合わずに同居する。東はこの状態をもって、大澤真幸の虚構の時代に続く1995年以降を「動物の時代」と呼ぶことを提案した。

近代がつくった統一的な人間像が終わるという主題自体は、東の発明ではない。フーコーが知の配置の変動として論じた人間の終焉は、別の経路から同じ地点に触れている。東の議論の特異さは、それを高度な理論の水準ではなく、深夜アニメと美少女ゲームの購買行動という、当時まだ論じるに値しないと見なされていた場所で確かめようとしたところにある。動物化を他者性の消滅として読むなら、この概念は現在も生きている。アルゴリズムが選んで差し出す断片に日々触れるという環境は、他者を経由しない充足の回路を、当時より広く一般に開いてしまった。

この概念を扱う本(4冊)

動物化するポストモダン――オタクから見た日本社会

本書の書名にもなった中心概念。大きな物語なきポストモダンで萌え要素データベースに反応するオタクの主体像を『動物』として描き出す、第2章後半の到達点。

すばらしい新世界
すばらしい新世界

オルダス・ハクスリー

45%

欲求は生じた瞬間に条件づけと薬物で満たされ、他者との承認をめぐる葛藤そのものが社会設計から取り除かれている。この語は用いないが、欲求の即時充足が完成した社会を小説の形で描く。

生物から見た世界
生物から見た世界

ユクスキュル / クリサート(日高敏隆訳)

40%

動物が自らの知覚標識と作用標識だけで閉じた環世界を生きる様を、ダニやウニの例で記述する。人間が動物になるとはどういう知覚構造かを、動物の側から具体的に与える別枠組みの本。

ホモ・デウス
ホモ・デウス

ユヴァル・ノア・ハラリ

35%

アルゴリズムが本人より正確に欲望を読み、人間が自らに意味を与える物語(人間至上主義)を手放していく未来を論じる。労働から外れた層を薬物とコンピューターゲームで満たすという見通しは、承認を経由しない充足が社会の設計になる状態を、語彙を変えて描いている。