知脈

動物化するポストモダン――オタクから見た日本社会

東浩紀

動物化するポストモダン――オタクから見た日本社会
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動物化と呼ばれる欲望のかたちを、コジェーヴの図式から読み解く

『動物化するポストモダン』で東浩紀がやるのは、オタク系文化の消費のふるまいを手がかりに、日本のポストモダン社会そのものの変化を診断することだ。本書がまず借りてくるのは、哲学者アレクサンドル・コジェーヴが示した「スノビズム」と「動物化」という対概念である。コジェーヴは、他者からの承認をめぐる闘争としての歴史がすでに終わったあと、人はどう生きるのかという問いを立て、内容を欠いたまま形式だけを洗練させ続ける日本的な「スノビズム」(茶道や能、切腹に象徴される様式美)と、他者を介さずに欲求をそのつど満たしていくアメリカ的な「動物への回帰」という、二つの生のスタイルを対置していた。コジェーヴ自身は日本を訪れたのち、江戸期以来のスノビズムを保ち続ける日本にむしろ好意的な将来を見ていたとされる。東はこの図式を反転させて使う。かつてスノビズムの国とされた日本こそが、1990年代のオタク消費においてアメリカ的な動物化の側へ移行しつつある、というのが本書の見立てである。

ここでの「動物化」は蔑称ではなく技術的な概念だ。人間的な欲望は、他者に認められたいという承認への回り道を経由するのに対し、動物的な欲求は対象を直接に満たせば完結する。東は、キャラクターや設定の断片に萌えては次の断片へ移っていくオタクの消費行動のうちに、この動物的な欲求充足の型を見いだす。そこには物語全体を理解しようとする構えも、他人と意味を共有しようとする構えも、必ずしも必要とされない。東はもともとデリダ研究から出発した批評家であり、大きな物語の失効を語るこの種のポストモダン論自体、浅田彰らを通じて日本の批評に定着したポスト構造主義の系譜を引き継いでいる。本書の新しさは、その系譜を、当時はまだ学問的に軽く見られがちだったオタク文化の分析へと具体的に接続した点にある。

物語からデータベースへ、消費のかたちが変わるとき批評も変わる

知脈上でこの本が興味深いのは、大塚英志の物語消費論、岡田斗司夫や宮台真司らのサブカルチャー論、浅田彰らのポストモダン思想という、それぞれ別々に育ってきた議論を、オタクの具体的な消費行動というひとつの現場でつなぎ直しているところだ。出発点になるのは大塚英志の物語消費論である。大塚は、断片的な商品(小さな物語)を集めることで消費者がその背後にある壮大な世界設定(大きな物語)へ近づいていく消費のかたちを指摘した。東はこれを1990年代の状況に合わせて書き換える。新しい世代のオタクにとって、断片の背後にはもはや統一された大きな物語など存在しない。あるのは、猫耳や眼鏡やメイド服といった「萌え要素」を格納したデータベースであり、個々のキャラクターはそこから要素を組み合わせて生成される表層の効果にすぎないと東は論じる。

東はこの変化を、1960年前後生まれの第一世代、1970年前後生まれの過渡的な第二世代、1980年前後生まれの第三世代という三世代の移り変わりとして跡づける。物語の不在をはじめから前提に育った第三世代こそが、データベース消費の主役として描かれる。岡田斗司夫が示した「オタクは卓越した審美眼を持つ目利きだ」という擁護論とは異なる位相に、東は第三世代の実態を置いてみせる。原作の有無を問わず増殖していく二次創作やパロディも、東はオリジナルなき模造品を意味するシミュラークルの概念で捉え直す。サブカルチャーとハイカルチャーの言葉を軽々と往復するこのスタイルによって、本書は2000年代の日本の批評が向かう方向をかなりの部分で決定づけたと評される。萌え要素の具体例そのものは時代とともに古びて見えても、大きな物語なきあとに人は何を欲望し何を消費するのかという問いの立て方は、アルゴリズムが選び出す断片に日々触れている今の消費環境を考えるうえでも、なお有効な補助線であり続けている。

参考資料

- 東浩紀『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』講談社現代新書、2001年 - Hiroki Azuma (trans. Jonathan E. Abel and Shion Kono), Otaku: Japan's Database Animals, University of Minnesota Press, 2009 - 大塚英志『物語消費論 「ビックリマン」の神話学』新曜社、1989年 - Alexandre Kojève (ed. Allan Bloom, trans. James H. Nichols Jr.), Introduction to the Reading of Hegel: Lectures on the Phenomenology of Spirit, Basic Books, 1969 - 岡田斗司夫『オタク学入門』太田出版、1996年

キー概念(11件)

動物化
100%

本書の書名にもなった中心概念。大きな物語なきポストモダンで萌え要素データベースに反応するオタクの主体像を『動物』として描き出す、第2章後半の到達点。

データベース消費
100%

本書全体の中心概念。1990年代以降のオタクは大きな物語ではなくデータベースを消費するようになったと論じ、書名にある『動物化』の議論へとつながる。

大きな物語の凋落
90%

本書は1970年代以降のオタク系文化の変遷を、この凋落が日本社会に与えた影響の具体例として第1章冒頭に位置づけ、以降の議論全体の前提とする。

大きな非物語
90%

第2章の柱となる概念で、物語消費論を更新しデータベース消費モデルへ接続する理論的な蝶番として提示される。

スノビズム
85%

大澤真幸の『虚構の時代』論と接続され、1970〜90年代のオタクの様式的なこだわりを説明する概念として、後半で語られる動物化と対比的に位置づけられる。

萌え要素
80%

データベース消費論の具体例として分析され、オタクが個別作品でなく要素そのものに反応し萌え要素データベースを介して欲望する構造が示される。

シミュラークル
75%

二次創作やパロディが際限なく生産されるオタク文化を説明する枠組みとして援用され、データベースから直接生成される作品群の性格づけに用いられる。

物語消費
75%

第2章冒頭でデータベース消費モデルを導入する前提として検討され、東は大塚の枠組みを踏まえつつ1990年代的な消費様式との違いを論じる。

虚構の時代
65%

オタク系文化が隆盛した時期を性格づける外部理論として参照され、東自身の議論を歴史的な時代区分の中に位置づける補助線として用いられる。

超平面性
65%

第3章のタイトル概念の一つとして、データベース消費が生み出す作品や画面表現に特有の質感を分析する枠組みに用いられる。

多重人格
65%

第3章のタイトル概念の一つで、統一的な近代的自我が解体した後のオタク的主体・キャラクター消費のあり方を説明するモデルとして超平面性と並べて論じられる。

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