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データベース消費

database consumption設定の消費データベース型消費行動

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この概念を本でたどる

動物化するポストモダン――オタクから見た日本社会』で「データベース消費」を読む

東浩紀

本書全体の中心概念。1990年代以降のオタクは大きな物語ではなくデータベースを消費するようになったと論じ、書名にある『動物化』の議論へとつながる。

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作品ではなく要素に反応する

猫耳、眼鏡、メイド服、特有の語尾、寡黙で無表情な少女という類型。1990年代後半以降のオタク系文化では、キャラクターがこうした要素の組み合わせとして受け取られ、しばしば要素そのものが単独で欲望の対象になる。東浩紀が『動物化するポストモダン』で提出したデータベース消費とは、消費の対象が個別の作品や物語ではなく、その背後にある要素の集積(データベース)そのものに移った状態を指す。

典型として東が挙げるのは、綾波レイのような人気キャラクターが作品から切り離されて流通していく様子であり、また、まとまった物語を持たないまま先にキャラクターだけが成立し支持を得たデ・ジ・キャラットのような例である。作品がキャラクターを生むのではなく、データベースがキャラクターを生み、作品はその一つの現れ方にすぎなくなる。

二層構造と、読み手に移った主導権

データベース消費の市場は二層で動く。表層には作品・キャラクター・二次創作が無数に並び、深層には要素の集積がある。ただし深層は表層を決定しない。何をどう引き出すかは受け手の読み込みに委ねられ、同じデータベースから互いに矛盾する表層が並行して増えていく。

このとき原作と二次創作の位階は崩れる。どちらもデータベースから生成された表層であり、参照すべきオリジナルという特権的な位置が空くからだ。ベンヤミンは複製技術と芸術を論じて、複製が原作のアウラを剥がすと述べたが、ここではそもそも剥がすべきアウラを持った原作が最初から要請されていない。作者の意図を最終審級とする読み方も後退し、作品の意味を担保する主体の位置が空白のまま運用される。ポストモダン思想が主体の不在として論じてきた事態が、市場のふるまいとして現れているとも読める。デリダ研究から出発した東がポスト構造主義の語彙をオタク文化の分析へ接続できたのは、この対応があるからだ。

世代と、動物化への接続

東はこの変化を三世代の交代として跡づける。『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』を十代で見た1960年前後生まれの第一世代、先行世代が作った文化を享受した1970年前後生まれの第二世代、『新世紀エヴァンゲリオン』のブームを中高生で迎えた1980年前後生まれの第三世代。統合的な物語の不在をはじめから前提として育った第三世代が、データベース消費の主役として描かれる。

ここから本書は書名の概念へ進む。要素への反応は、他者に認められたいという回り道を必要としない。欲しい要素が与えられれば欲求はその場で満たされ、次の要素へ移る。他者を介さずに充足が完結するこの型を、東はコジェーヴの語を借りて動物化と呼ぶ。データベース消費は、その主体像を支える消費の側の記述である。

本書は2001年の刊行で、東自身は2007年の『ゲーム的リアリズムの誕生』(副題は「動物化するポストモダン2」)でこの枠組みを更新している。挙げられた具体例は古びたが、要素に分解された断片が推薦や検索を介して供給される現在の環境を考えるうえで、モデルとしての有効性はむしろ確かめ直されている。

この概念を扱う本(3冊)

動物化するポストモダン――オタクから見た日本社会

本書全体の中心概念。1990年代以降のオタクは大きな物語ではなくデータベースを消費するようになったと論じ、書名にある『動物化』の議論へとつながる。

消費社会の神話と構造
消費社会の神話と構造

ジャン・ボードリヤール

60%

モノは使用価値ではなく差異の体系における記号として消費されるとし、消費の対象を個々の商品から背後のコードへ移す。データベースという語は用いないが、体系を消費するという着想を先に定式化した。

一般言語学講義
一般言語学講義

フェルディナン・ド・ソシュール

45%

個々の発話の背後に差異の体系を置き、表層の現れを体系の側から説明する二層モデルを確立する。消費論ではないが、作品の背後に要素の集積を見る発想の理論的な原型がここにある。