知脈

最後の波(植民地ナショナリズム)

last waveアジア・アフリカのナショナリズム

「われわれの言語で、われわれの自由を語ることができる」——これは植民地ナショナリズムの最大の逆説だ。宗主国の言語で書かれたナショナリズムの宣言、宗主国の教育機関で育った独立運動の指導者、宗主国が引いた行政境界と一致する新国家の領土。アジア・アフリカの脱植民地化運動は、植民地支配が整備したインフラの上に立ちながら、そのインフラを使って独立を勝ち取った。

宗主国語という両刃の武器

20世紀の植民地ナショナリズムをアンダーソンが「最後の波」と呼ぶのは、歴史的系譜の最終段階という意味だ。最初の波はアメリカ大陸のクレオール・ナショナリズム、第二の波がヨーロッパの民衆ナショナリズムと公定ナショナリズム、そして最後の波がアジア・アフリカの反植民地ナショナリズムだった。

植民地主義的言説の観点からすれば、宗主国語の使用は知の植民地化の継続だという批判がある。ングウギ・ワ・シオンゴが「精神の植民地解放」を訴えてアフリカ語での創作に転換したのは、この問いへの一つの応答だった。英語やフランス語で書かれた独立宣言は、どこまで真に「脱植民地化」されているのか。

フランツ・ファノンはこの問いをより根底的に問い直した。植民地において「白人になること」が出世の条件だった時代、宗主国語を習得することは単なる技術の習得ではなく、心理的なアイデンティティの分裂を引き起こすプロセスだったとファノンは論じる。植民地の知識人が宗主国語で独立を語るとき、その言語の奥底にある認識論的枠組みはどこまで引き継がれているのか。

植民地インフラの二重性

アンダーソンの分析が鋭いのは、植民地支配が独立のための基盤を、意図せず整備したという逆説を明示した点だ。植民地統治に必要な学校制度は現地エリートを育て、統治のために普及させた印刷メディアは反植民地の言論空間を生んだ。行政区域は統治の便宜のために引かれたが、その境界が新国家の領土になった。

ポストコロニアリズムの視点はここに深く関わる。ホミ・バーバが「両義性(ambivalence)」と呼んだのは、植民地の模倣と抵抗の複雑な絡み合いだ。植民者を模倣することは従属を意味するが、同時にその模倣の中に「ずれ」が生じ、それが抵抗の足場になりもする。最後の波のナショナリストたちはまさにこの両義性の中に生きた。

再領土化の概念で考えると、植民地ナショナリズムは植民地支配によって脱領土化されたアイデンティティを、新たな国民的枠組みに再領土化するプロセスでもあった。しかしどの「領土」に再領土化するかは自明ではない——植民地以前の「伝統的」境界を復元するか、植民地行政が作った境界を継承するかという問いは、独立後の国境紛争と民族対立として続いた。

言語的解放の限界と現代の問い

最後の波が残した問いは終わっていない。「植民地語か先住語か」の選択は今も続く。インドが英語を国語に準じる言語として維持するのは、無数の地域語の間の調整言語としての機能を持つからだが、それは英語植民地主義の継続でもある。ルワンダが公用語にキニヤルワンダ語・英語・フランス語を並立させるのは、歴史的経緯と現実的必要の複雑な交差点に立つ選択だ。

想像の共同体が最後の波に向ける眼差しは、単純な讃美でも批判でもない。植民地ナショナリズムが生み出した独立後の国家が、どのような「想像の共同体」を描くかは、独立時の選択だけでなく、その後の政治的実践によって継続的に再構成される問いである。誰が「国民」の物語を語り、誰がその語りから排除されるかという問いは、最後の波から数十年を経た今も、各地で答えが書き換えられ続けている。

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この概念を扱う本(1冊)

想像の共同体
想像の共同体

ベネディクト・アンダーソン

70%

本書の後半では、植民地の「学校制度」と「新聞」が反植民地ナショナリズムを育てた逆説が論じられる。宗主国が統治のために敷いたインフラ(行政単位・印刷メディア)が、独立運動の想像的基盤になった。