俗語(バナキュラー)の標準化
1500年代初頭、ヨーロッパには千を超える方言が話されていた。どれが「国語」になるかは、誰にも予測できなかった。フィレンツェのトスカーナ語がイタリア語の基盤になり、パリ盆地のフランシアン方言がフランス語の標準になり、ルターの聖書翻訳が用いたドイツ語が書き言葉として定着した——これらは文化的な優劣によるのではなく、政治的権力と商業的偶然の産物だった。
ラテン語という宇宙の終焉
俗語の標準化を語るには、まずラテン語の終焉を見なければならない。中世ヨーロッパにおいてラテン語は単なる「外国語」ではなかった。それは神学・法学・医学・哲学という知の全領域を包んだ「宇宙的言語」であり、民族や国境を超えた普遍的な知識共同体を支えていた。パリの神学者とボローニャの法学者は互いの話し言葉を理解できなくとも、ラテン語で文通し議論できた。
ニュースピークの概念が示すように、言語は思考の枠を規定する。ラテン語は特定の思考様式——スコラ哲学的な論証形式、キリスト教神学の概念体系——と不可分に結びついていた。俗語の台頭は単に別の言語への移行ではなく、思考様式そのものの再編を伴っていた。
印刷業者が俗語に賭けたのは純粋に商業的な判断だった。ラテン語の書物市場はすでに飽和していた。新しい読者層——商人、職人、識字率が上がりつつあった市民——に届くには俗語で刷るしかない。その経済的選択が、偶然にも言語的国民共同体の基盤を作ることになった。
どの方言が「国語」に選ばれるか
方言から国民語への標準化は、必然ではなく淘汰の産物だった。エルネスト・ゲルナーの主張——工業社会は均質な国民文化を必要とし、それが標準語の普及を促す——とアンダーソンの議論は補完的だが微妙にずれる。ゲルナーが機能的必然性を強調するのに対して、アンダーソンは偶然性と市場の役割を重視する。
選ばれた方言の話者は「中心」の言語を持つ者になり、選ばれなかった方言の話者はしばしば周縁化された。ブルターニュ語、プロヴァンス語、アルザス語——フランス語に吸収されなかった無数の言語が物語るのは、国民語の誕生が文化的な豊かさとともに消えていったものも多かったという事実だ。
言語的ナショナリズムへの問い直し
俗語の標準化が言語的ナショナリズムを生むとき、それはしばしば「この言語を話す者は同じ民族だ」という主張と結びつく。ヘルダーが「民族の魂は言語に宿る」と言い、フィヒテが「ドイツ語こそドイツ国民の証」と説いたとき、語学的境界は民族の境界として政治化された。
しかしアンダーソンの視点から見ると、それは倒錯した論理を持つ。「この言語を話すから同じ民族」なのではなく、「印刷資本主義がこの言語を選んだことで、その読者が同じ想像の共同体に属するようになった」のだ。言語が民族を作るのではなく、メディアと市場が言語的境界を引き、その境界が民族を作る。想像の共同体が描くのはこのプロセスだ。
標準化から取り残された言語が残したのは単なる「方言」ではなく、別様のあり方への可能性の痕跡である。近代国民国家が当然視する言語的単一性は、均質・空虚な時間と同様に、ごく最近の——そして特定の条件下でのみ成立する——歴史的構築物に過ぎない。現代のウェールズ語復興やバスク語教育の試みは、標準化の圧力に抗して「別の言語、別の共同体の想像が可能だ」という問いを生き続けている。
言語的共同体の形成において、標準化は常に完全には達成されない。現代のインターネット上の若者言葉、地域方言の復興運動、移民コミュニティが生み出す混成語は、「ひとつの国民語」という理念に収まらない言語的実践が続いていることを示す。俗語の標準化は終点ではなく、常に進行中のプロセスだ。想像の共同体が問い続けるのは、その標準化の外側にある声が何を語るか、ということでもある。
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この概念を扱う本(1冊)
ベネディクト・アンダーソン
本書では、どの俗語が「国民語」として選ばれるかは権力と偶然の産物であり、言語的必然性はないと論じられる。印刷業者が市場拡大のために方言を集約・標準化したことが、言語的ネイションの基盤となった。