知脈

ミームプレックス

memeplex共適応ミーム複合体co-adapted meme complex

ミームプレックスとは、互いの伝達を助け合うことで一体として広まっていくミームの集合体である。単独では定着しにくいミームも、他のミームと結びついて相互に補強し合うと、桁違いに強い生存力を持つようになる。宗教・イデオロギー・科学理論など、私たちが「ひとつのまとまった思想」として認識するものの多くは、実際には多数のミームが寄り集まって支え合う複合体であり、選択は個々のミームではなく、この複合体という単位に対して働く。

ミームからミームプレックスへ

「ミーム」という語を1976年に世に送り出したリチャード・ドーキンスは、1982年の著書『利己的な遺伝子の拡張された表現型』で、単体のミームだけでなく「共適応ミーム複合体(co-adapted meme complex)」という発想を提示した。これは遺伝学における「共適応遺伝子複合体」——互いの働きを高め合う複数の遺伝子が連鎖してセットで受け継がれ、単独の遺伝子ではなく複合体として選択を受けるという現象——からの類推である。もっとも複製子としてのミームは染色体上に物理的に連鎖しているわけではなく、その結びつきはあくまで機能的・論理的なものにすぎない。それでも複数のミームが互いの複製を助け合う組み合わせを偶然形成すると、その組み合わせごと選択に生き残りやすくなる——これがミームプレックスの核心である。

支え合うミームの構造

ミームプレックスの働きは、宗教的な信念体系を例にとると分かりやすい。「死後の魂は救われる」という来世信仰、「疑わずに信じることは美徳である」という信仰礼賛のミーム、「教えを疑うことは罪である」という異端排斥のミームは、それぞれ単独でも存在しうるが、三つが揃うと互いを強化し合う。来世信仰は信者に強い動機を与え、信仰礼賛はその信仰への批判的検証を妨げ、異端排斥は離脱のコストを引き上げる。結果として、この複合体は個々の要素の総和以上の伝達力を獲得し、内部の一部だけを取り除こうとする試みにも抵抗するようになる。

自己もミームプレックスなのか

この発想をさらに押し進めたのが哲学者ダニエル・デネットであり、とりわけ大胆に展開したのが『ミーム・マシン』のスーザン・ブラックモアである。ブラックモアは、宗教・科学理論・イデオロギーのような大規模な文化現象をミームプレックスとして分析するだけでなく、「自己」そのものもまたミームプレックスの一種にすぎないと主張した。「私の意見」「私の経験」「私の物語」といった自己言及的なミームの束が、互いに支え合いながら一貫した「私」という語り手像を作り上げているというのである。これは自己を実体ではなく便宜的な構築物とみなす、挑発的で強い哲学的主張であり、意識研究者や哲学者の間でも評価が分かれる、いまなお係争中の立場であることは付け加えておく必要がある。

なぜ今、ミームプレックスなのか

SNSやアルゴリズムが情報の流通速度を桁違いに上げた現代は、ミームプレックスが観察しやすい実験場になっている。陰謀論・政治的党派性・特定のブランドへの熱狂的支持などは、単一の主張ではなく、互いを補強し合う複数の信念・感情・行動規範がセットになって拡散しているケースが多い。なぜ一部の思想体系がこれほど強固で、一部だけを論駁しても揺らがないのか——ミームプレックスという視点は、その粘り強さの理由を教義の正しさではなく複合体としての構造そのものに求める。個々の主張の真偽を問う前に、それがどんな他のミームと手を組んで自らを守っているのかを見抜くこと——それこそが、この概念が私たちに促す思考法だろう。

この概念を扱う本

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この概念を扱う本(1冊)

ミーム・マシン
ミーム・マシン

スーザン・ブラックモア

85%

ブラックモアは宗教・言語・科学などの大規模な文化現象をミームプレックスとして分析する。自己(セルフ)もまたミームプレックスの一形態であるという本書の核心的主張につながる概念として機能する。