萌え要素
CONCEPT → BOOK
この概念を本でたどる
『動物化するポストモダン――オタクから見た日本社会』で「萌え要素」を読む
東浩紀
データベース消費論の具体例として分析され、オタクが個別作品でなく要素そのものに反応し萌え要素データベースを介して欲望する構造が示される。
この本とのつながりを見る猫耳とメイド服はどこから来たのか
あるキャラクターに惹かれるとき、その感情は目の前の一人に向かっているように感じられる。東浩紀が『動物化するポストモダン』(2001年)で「萌え要素」と呼ぶのは、その感情を効率よく引き起こすためにあらかじめ抽出され、分類されて登録された部品のほうである。猫耳、メイド服、眼鏡。視覚的なものが多いが、東は特有の語尾のような話し方、設定、紋切り型の物語展開、フィギュアの曲線までを要素に数えている。
東が念を押すのは、これが個人の性癖の対象、つまり単なるフェティッシュではなく、市場のなかで生まれ育った記号だという点だ。メイド服は1980年代のアダルトアニメ『くりいむレモン 黒猫館』に由来し、1990年代の美少女ゲームで定着した。アンテナのように跳ねた髪はLeafの『痕』で広まり、以後アニメやゲームの標準装備になった。要素にはそれぞれ出自と普及の歴史があり、消費者の関心を引くためのカテゴリーとして整備されていく。消費されているのが物の機能ではなく差異の記号だという見立ては、ボードリヤールが『消費社会の神話と構造』で分析した記号価値の水準を、キャラクターの部品にまで押し進めたものだと言える。
「登録される」というのは比喩ではない。東は1996年に始まったイラスト検索エンジンTINAMIを例に挙げる。そこでは「猫耳」「メイド服」「眼鏡」といったカテゴリーで検索でき、キャラクターの登場率やデフォルメの度合いをパラメータで指定できた。要素をタグとして扱う仕組みを、オタク自身がすでに作って使っていたということだ。
綾波レイは「影響」ではなくデータベースの更新だった
『新世紀エヴァンゲリオン』のあとに似たキャラクターが増えたことを、東は作家個人への影響では説明しない。静かな性格、青い髪、白い肌、不思議な力といった要素が新たに登録され、エヴァンゲリオンを意識していない作者までがそれを使うようになった、と見る。人気キャラクターが出るたびに要素の集積そのものが書き換わり、次の季節には新しい要素をまとったキャラクターが競い合う。
到達点として東が挙げるのが『デ・ジ・キャラット』である。デジ子はフリルの多いメイド服、猫耳つきの帽子、猫の手足と尻尾を備え、語尾に「にょ」がつく。ノベライズ自身が「ダブル萌えオプション完備」と書くほどの自己パロディだ。東は、猫耳や「にょ」がそれ自体で魅力的なのではなく、1990年代のオタクがそれらを萌え要素として受け取れるようになっていたからこそ成立した企画だと読む。
そこから引き出される結論は、キャラ萌えが素朴な感情移入ではないということだ。個々のキャラクターに没入する熱と、対象を要素へ分解して分類する冷めた視線が同居していて、消費はその二つの水準を往復する。だからこそオタクは萌えの対象を素早く乗り換えられるし、1990年代のキャラクタービジネスはその乗り換えの上に成り立った。個々の要素の流行は古びても、対象を部品に分解して登録し検索するという消費の型は、いま我々が推薦アルゴリズムに囲まれて生きている環境とそのまま地続きである。
この概念を扱う本
概念ネットワーク
線の太さは共通する本の数を表しています。ノードをクリックすると概念ページに移動します。
この概念を扱う本(2冊)
テオドール・アドルノ、マックス・ホルクハイマー
文化産業論で、作品が規格化された細部へ分解され、細部そのものが効果として反復生産される様を分析する。この語はないが、類型の組み合わせによる量産という同じ現象を批判の側から扱う。