累進資本税
累進資本税とは、保有する資産の総量に対して累進的な税率をかける制度だ。ピケティが『21世紀の資本』で格差拡大への根本的な対抗策として提案したが、「有益なユートピア」と彼自身が認めるほど実現の障壁が高い政策アイデアでもある。
累進資本税が必要な理由
r>g(資本収益率>成長率)の動学が持続する限り、累進所得税だけでは格差拡大を止められない。所得税は労働収入と資本収入を課税するが、資本収入の多くは実現しない利益(含み益)として課税を回避できる。また、富裕層は節税策を駆使して実効税率を下げる。
資産(ストック)への課税は、収入(フロー)への課税より根本的に格差に対処する。資産1億円に対して毎年1%の税率をかければ、その資産は自動的に縮小する方向に働く。累進的にすれば(例:1億円以下は0.5%、10億円以上は2%)、大資産家ほど強い再分配効果が生まれる。
実施の困難:資本逃避と評価問題
累進資本税の実現には二つの大きな障壁がある。第一は資本逃避だ。課税を嫌う資本は、税率の低い国・地域へ移動する。一国だけが課税すれば、資本がタックスヘイブンに逃げてしまう。これが累進資本税が「世界規模」でなければ機能しない理由だ。
第二は資産評価の問題だ。非上場企業の株式・不動産・美術品などは市場価格が明確でなく、毎年の時価評価が困難だ。評価方法の設計が難しく、租税回避の余地が生まれる。
これらの困難ゆえ、現実的な代替として相続税の強化(富の移転時に課税)や累進的財産税(不動産など評価可能な資産への課税)が議論される。
歴史的な資本課税の先例
完全な累進資本税は前例がないが、似た制度はいくつか存在した。北欧諸国はかつて富裕税(wealth tax)を設けていたが、多くは廃止した(資本逃避と行政コストを理由に)。スイス・ノルウェーは現在も資産課税を維持している。相続税は多くの国に存在するが、租税回避と政治的反対により骨抜きになっているケースが多い。
IMFや一部のエコノミストは累進資本税に近い「一度限りの富裕税」を財政再建手段として提案したことがある。COVID-19後の財政立て直し議論でも超富裕層への特別課税が話題になった。
ユートピアの実践的意義
「有益なユートピア」というピケティの表現は重要だ。完全な実現は難しくても、この方向性を示すことが政策議論の「可能性の地平」を広げる。累進資本税は即座に実現するものとしてではなく、世襲資本主義への対抗という長期的な方向性を示す思考の枠組みとして有用だ。資本/所得比が上昇し続ける世界で、「税制の選択は社会の選択だ」というピケティのメッセージは、経済政策を価値選択の問題として政治の中心に据える。
部分的実現の可能性と方向性
完全な世界規模の累進資本税は遠い理想だとしても、その方向性に向かう部分的な実現は進んでいる。OECD主導のグローバル最低法人税(15%)は「課税の競争的引き下げ」を止める試みだ。金融口座情報の自動交換(CRS)はタックスヘイブンへの資産隠しを難しくした。
これらは累進資本税ではないが、「資本が税から逃れる自由を制限する」という方向性を持つ。ピケティのユートピア論の実践的価値は、完全な実現より「この方向が望ましい」という価値の旗印として、具体的な政策の積み上げを正当化することにある。クズネッツ曲線の楽観論が「政策は要らない」という消極性の根拠になったのとは対照的に、ピケティの分析は積極的な政策立案の動機を与える。
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