アロポイエーシス
問題提起:生命でないシステムはどう機能するか
機械は目的を持つか。工場は何かを産出するが、それは工場が「自分のため」に産出するのか、それとも外部の設計者・使用者のために産出するのか。オートポイエーシスにおいてマトゥラーナとヴァレラは、オートポイエーシス(自己産出)の対概念として「アロポイエーシス(Allopoiesis)」を定義した。
解決としてのアロポイエーシス概念
アロポイエーシス(Allopoiesis)とは「他者産出」を意味するギリシア語の造語だ(allos=他者、poiesis=産出)。アロポイエーシス・システムは、自己以外の何かを産出するシステムであり、その産出の目的・方向は外部によって設計・制御される。
典型例は機械だ。自動車の製造ラインは自動車を産出するが、それは工場(システム)のためではなく、工場の外側にいる人間(設計者・使用者)のためだ。工場自体の維持・再生産は副次的なものであり、産出の「目的」は外部から定義される。
これに対してオートポイエーシス・システム(生命体)は自分自身を産出・維持する。細胞は細胞膜・代謝システム・DNA複製機構を産出するが、それは「誰かのため」ではなく、細胞という系そのものの維持のためだ。産出の「目的」がシステム内部に内在している。
深掘り:社会システムの位置づけ
マトゥラーナとヴァレラは、社会システム(国家・企業・組織)を生命体とは異なると主張した。社会システムはアロポイエーシスではないかという問いがある。
これはニクラス・ルーマンとの重要な論争点となった。ルーマンは社会システム(コミュニケーションのシステム)をオートポイエーシス的と見なした。コミュニケーションがコミュニケーションを産出するという自己生産的な構造を持つからだ。しかしマトゥラーナは、社会システムは生命体のような厳密な意味でのオートポイエーシスではないと主張した。
この論争は「オートポイエーシスの概念をどこまで拡張するか」という問いだ。生物学的な厳密性を保つか、それとも社会・認知・情報システムへの拡張を認めるか。
他書・概念との接続
組織との対比では、アロポイエーシス・システムの「組織」(構成要素間の関係性)は外部によって設計される。工場の製造ラインの「組織」はエンジニアが設計し、工場はその組織に従って動く。オートポイエーシス・システムの組織は自律的に産出・維持される。
摂動との関係では、アロポイエーシス・システムはより「素直に」外部の指示に従う。設計者の命令(摂動)がシステムの動作を直接決定する。オートポイエーシス・システムでは、摂動はシステムの自律的な変化の契機にすぎない。
環境との関係では、アロポイエーシス・システムは環境(使用者・設計者)に対して開いており、目的が外部から与えられる。オートポイエーシス・システムは操作的に閉じており、目的がシステム内部に内在する。
残された問い
アロポイエーシスとオートポイエーシスの境界は明確か。高度なAIシステムは「自分自身の学習アルゴリズムを調整する」自己組織化能力を持つ。これはオートポイエーシス的か、それとも人間が設定した目的関数に従うアロポイエーシス的か。
生命体の中にも「アロポイエーシス的」な構成要素がある。個々の器官(心臓・肺)は体全体のためにはたらくが、器官自体がオートポイエーシス的かどうかは議論がある。
観察者の視点では、「このシステムはオートポイエーシスかアロポイエーシスか」という判断は常に観察者が行う。観察の枠組みによって同じシステムが異なる側面を示す。この事実は、オートポイエーシス/アロポイエーシスという二分法が概念的道具であり、自然の「切り目」を発見したものではないことを示唆する。
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