知脈

オートポイエーシス

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オートポイエーシスとは

オートポイエーシス(autopoiesis)とは、システムが自己の構成要素を自ら産出・維持・更新することによって、自己組織を持続させるプロセスを指す。ギリシャ語の「autos(自己)」と「poiein(産出)」から成る造語で、1972年にチリの生物学者ウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・ヴァレラによって提唱された。生命の自己組織性を記述する根本概念として、生物学から社会学・認知科学・哲学まで広く応用されている。

オートポイエーシスの基本概念

オートポイエーシスの核心は「自己産出性」にある。システムは外部から指示を受けて動くのではなく、内部のプロセスによって自らの構成要素を産出し、同時にその産出プロセス自体も維持する。細胞が典型例だ。細胞は代謝プロセスによって自らの構成要素(タンパク質・脂質・核酸など)を産出し、その代謝プロセスを可能にする構成要素(酵素など)も自ら産出する。

重要な特徴は「閉鎖性」だ。オートポイエティックシステムは構造的に閉じており、外部からの命令を直接受け付けない。外部からの刺激は「摂動」として作用するが、それに対する応答はシステム内部の組織によって決まる。これを「組織的閉鎖性」という。

もう一つの特徴は「境界の産出」だ。システムは自らの境界(細胞における細胞膜)を自ら産出することによって、内部と外部を区別する。この境界が存在することで、「自己」というものが成立する。

生物学的オートポイエーシス

マトゥラーナとヴァレラが提唱した当初の文脈では、オートポイエーシスは生細胞の本質的な特徴として提示された。最小のオートポイエティックシステムは細胞だ。細胞膜が内部と外部を区切り、内部の代謝ネットワークが細胞膜の構成要素を産出し、その構成要素が代謝ネットワークを可能にする——この自己指示的な循環がオートポイエーシスを定義する。

これは生命の定義と密接に関わる。マトゥラーナとヴァレラの定義によれば、生命体であることとオートポイエティックシステムであることは同値だ。代謝を持ち、自己組織を維持できるシステムが生命であり、それ以外は非生命ということになる。

アロポイエーシスとの対比

オートポイエーシスの対概念として、アロポイエーシス(allopoiesis)がある。アロポイエーシスとは、システムが外部の指示・設計によって産出・制御される状態を指す。機械や工場はアロポイエティックなシステムの典型例だ。車は自らを構成する部品を自ら産出しない。部品は外部で製造され、工場で組み立てられる。

オートポイエーシスとアロポイエーシスの区別は、生命・機械の本質的違いを浮き彫りにする。しかし、この区別が一部の論者によって問い直されている点も興味深い。AIの発展は、アロポイエーシスとオートポイエーシスの中間的な存在を創出しつつあるかもしれない。

社会システム理論への応用

ニクラス・ルーマンは、マトゥラーナのオートポイエーシス概念を社会システム理論に応用した。ルーマンによれば、社会システム(コミュニケーションシステム)も一種のオートポイエティックシステムだ。コミュニケーションがコミュニケーションを産出し、それによってシステムが自己を維持する。

社会システムの「要素」はコミュニケーションであり、コミュニケーションはコミュニケーションによってのみ産出される。このアプローチは、経済システム・法システム・科学システムなどの独自性と自律性を理解する枠組みを提供する。ただし、ルーマンのオートポイエーシス概念はマトゥラーナの生物学的概念からかなり拡張されており、その適用の妥当性については議論がある。

認知科学における役割

マトゥラーナとヴァレラは、オートポイエーシスの概念を認知の理論にも展開した。「認知は行為の中に宿る(embodied cognition)」という立場から、認知を脳内の表象操作ではなく、生物とその環境の相互作用のプロセスとして捉える。

これは従来のコンピューター比喩(脳をコンピューター、認知を情報処理として捉える見方)への根本的な批判だ。オートポイエーシス理論に基づく認知科学は、身体性・環境との結合を重視する「体現認知(embodied cognition)」「延長認知(extended cognition)」などの流れに影響を与えている。

現代的な意義

AIの発展・自己複製ロボット・人工生命の研究など、技術的文脈においてオートポイエーシスの概念は新たな重要性を帯びている。「自律的に自己を維持するシステムを人工的に作れるか」という問いは、オートポイエーシスの工学的実現という意味を持つ。

また、企業・組織の自律性・適応能力をオートポイエーシスの概念で説明しようとする試みも続いている。組織が環境変化に対して内部から適応する能力は、オートポイエーシス的な視点から理解できる面がある。

まとめ

オートポイエーシスは、生命の自己組織性・自律性・自己参照性を記述するための根本概念だ。生物学の枠を超えて、社会学・哲学・認知科学・人工知能に至る広い射程を持ち、「システムが自己を産出する」という逆説的な循環構造の理解に新たな視点を提供し続けている。

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この概念を扱う本(2冊)

オートポイエーシス――生命システムとはなにか

本書の中心概念であり、生命とは何かを定義する理論的枠組みとして詳細に解説される。生物学的システムから社会システムへの応用可能性が論じられる。

身体化された心
身体化された心

フランシスコ・バレーラ, イーヴァン・トンプソン, エレノア・ロッシュ

90%

本書では認知と生命の連続性を論じる枠組みとして導入される。細胞が自己の境界を維持する仕組みが、より高次の認知プロセスの原型として位置づけられる。