自然利子率
「自然利子率」とは
経済を中立的な状態(インフレでもデフレでもない)に保つ均衡の利子率。ヴィクセルが提唱した理論的概念。
別名・関連語としてnatural rate of interest、均衡利子率、Wicksellian rateとも呼ばれる。
『利子と物価』における自然利子率
ヴィクセルは貨幣利子率が自然利子率を下回るとインフレ、上回るとデフレが進む累積過程を論じた。
見えない均衡点を求めて
自然利子率という概念の根本的な困難は、それが直接観測できないことにある。経済学者は統計モデルや動的確率一般均衡(DSGE)モデルを使って自然利子率を推計しようとするが、モデルの仮定が変われば推計値も大きく変わる。2008年以降の世界的な低金利期において、連邦準備制度の経済学者たちは自然利子率が大幅に低下したと結論づけたが、その水準については研究者の間で幅がある。「見えない均衡点を探して政策を運営する」という困難は、ケインズが「動物的精神」と呼んだ不確実性の問題と通底している。中央銀行が自然利子率の推計を誤れば、その「誤差」が累積過程論的なインフレやデフレの引き金になりうる。
近い概念とのつながり
自然利子率を理解する上で、関連する概念との比較が助けになる。
- [累積過程論](/concepts/%E7%B4%AF%E7%A9%8D%E9%81%8E%E7%A8%8B%E8%AB%96)—利子率の乖離が投資・消費・物価に累積的な変化を引き起こし、新たな均衡に向かう動態的プロセス。 - [貨幣的中立性](/concepts/%E8%B2%A8%E5%B9%A3%E7%9A%84%E4%B8%AD%E7%AB%8B%E6%80%A7)—貨幣量の変化が長期的に実体経済(生産・雇用)に影響せず、名目変数(物価)のみを変えるという命題。 - [間接的交換メカニズム](/concepts/%E9%96%93%E6%8E%A5%E7%9A%84%E4%BA%A4%E6%8F%9B%E3%83%A1%E3%82%AB%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0)—貨幣利子率を通じた銀行信用の拡張・収縮が実体経済に影響する波及経路。
この概念をもっと知りたいなら
自然利子率について深く学ぶには、以下の著作が参考になる。
- [『利子と物価』](/books/利子と物価) — クヌート・ヴィクセル 1898年刊。スウェーデンの経済学者ヴィクセルが、貨幣利子率と自然利子率の乖離がインフレ・デフレを引き起こすという累積過程論を展開。20世紀の金融理論・マクロ経...
自然利子率の測定困難と政策的含意
ヴィクセルが提唱した自然利子率という概念は、理論的には明確だが実践的な測定が著しく難しい。自然利子率(実体経済の需要と供給が均衡する時の実質利子率)は直接観測できず、様々な経済モデルで推計するしかない。しかもその推計値は採用するモデルや仮定によって大きく異なり、中央銀行の政策担当者にとって実際に使いにくい概念だ。2008年以降の長期低金利期には、自然利子率が大幅に低下したのか、それとも構造変化によって零かマイナスになったのかという議論が活発化した。
「長期停滞」論(サマーズらが提唱)は、先進国の自然利子率が恒常的にゼロ近辺まで低下したという仮説を立てる。その原因として、高齢化による貯蓄の増加、投資機会の減少、所得格差の拡大による消費性向の低下などが挙げられる。もし自然利子率が恒常的に低ければ、中央銀行の金融政策(名目金利を下げることで実質金利を自然利子率以下に誘導する)の有効性は制限されることになる。
自然利子率は累積過程論と直接的に関連しており、市場利子率と自然利子率のズレがインフレ・デフレの累積的プロセスを引き起こす仕組みを説明する。貨幣的中立性との関係では、自然利子率が「貨幣的影響を取り除いた」実体経済の均衡状態を表すという意味で、長期的な貨幣中立性と深く結びついている。間接的交換メカニズムは、貨幣が媒介する信用・利子のシステムがどのように機能するかを問うことで、自然利子率の概念的基盤に触れる。
この概念を扱う本
概念ネットワーク
線の太さは共通する本の数を表しています。ノードをクリックすると概念ページに移動します。
この概念を扱う本(2冊)
クヌート・ヴィクセル
ヴィクセルは貨幣利子率が自然利子率を下回るとインフレ、上回るとデフレが進む累積過程を論じた。
吉川洋
吉川はケインズ理論の形成を歴史的に追う中で、ウィクセルの自然利子率概念がケインズに与えた影響を論じ、その継承と批判的発展を明らかにしている。