知脈

アンチ・オイディプス

ジル・ドゥルーズ, フェリックス・ガタリ

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概要

資本主義と精神分析を批判する哲学書。器官なき身体、スキゾとパラノ、脱領土化と再領土化、逃走論の基礎概念を展開する。

キー概念(13件)

フロイトの「欲望=欠如・抑圧されるもの」という前提を根底から覆す本書の中核概念。無意識はオイディプス的な家族ドラマではなく、無数の機械的接続として働くと論じる。

書名そのものが示す本書の中心的批判対象。精神分析が「おまえの問題は家族にある」と個人化・私化することで、資本主義や権力への欲望の政治的分析を不可能にしていると論じる。

本書では欲望する機械の生産物であると同時に、その生産が記録される場として位置づけられる。資本主義や精神分析が身体を「器官」として組織化・管理しようとすることへの抵抗の形象。

資本主義は本質的に脱領土化の力を持つ(貨幣・労働の抽象化)が、同時に再領土化によってその逃走を回収するとドゥルーズ=ガタリは分析する。スキゾフレニーはこの脱領土化が極限まで進んだ状態として描かれる。

本書の根幹にある政治的テーゼ。精神分析は革命的な欲望の力を家族という私的領域に封じ込め、資本主義への批判的エネルギーを無効化すると論じる。五月革命後の政治的コンテクストと直結している。

本書では資本主義の特性として、脱領土化と再領土化が常に対で働くことが強調される。解放的に見える運動が常に新しい支配形態に回収される構造を批判する概念装置として機能する。

本書の哲学的転換点の一つ。プラトン以来の「欲望=欠如」という形而上学的前提を覆し、欲望は社会・制度・対象を生産するという唯物論的欲望論を展開する。マルクス経済学とフロイト精神分析の統合を試みる。

本書のサブタイトル「資本主義と分裂症」が示すように、スキゾ(分裂症者)の欲望の流れを解放的な力として肯定し、精神分析のパラノイア的な抑圧機制に対置する。精神分析を政治経済学的に読み替える試み。

「なぜ大衆は自分たちの抑圧を欲望するのか」(ライヒへの参照)という問いを軸に展開される。ファシズムへの大衆的欲望を、家族コンプレックスではなく社会的欲望の投資として分析する枠組みを提供する。

ヒトラーへの大衆の欲望やファシズムをパラノイア的欲望の投資として分析し、スキゾを革命的潜勢力の隠喩として用いる。ただし著者らは実際の分裂症患者を理想化しているのではないと注記している。

本書では脱領土化の運動を担うものとして位置づけられ、スキゾ分析の実践的目標とも重なる。資本主義に回収されない欲望のベクトルとして、後の『千のプラトー』でさらに精緻化される基礎概念。

本書の歴史・人類学的分析の枠組みとして機能する。各社会機械がどのように欲望の流れをコード化・脱コード化するかを分析することで、資本主義が他の社会形態とどう異なるかを論じる。

原始社会は土地にコードを刻み、専制国家は身体にコードを記録し、資本主義はすべてを脱コード化して資本の流れに変換するという歴史的図式が描かれる。マルクスの価値形態論とのアナロジーで展開される。

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