知脈

統辞構造論

ノーム・チョムスキー

訳:福井直樹 / 辻子美保子

統辞構造論
楽天ブックスで見る

PRリンクにはアフィリエイト広告が含まれます

文法性は、意味からも使用頻度からも独立している

『統辞構造論』(原題 Syntactic Structures, 1957)でノーム・チョムスキーが外そうとしたのは、「文が文法的かどうかは、意味が通るかどうか、あるいはどれだけ使われてきた言い回しかで決まる」という素朴な前提である。本書がまず定義し直すのは文法そのものであり、文法とは、ある言語の文法的な文をすべて、かつそれだけを生成する規則の体系だとされる。この定義は控えめに見えて射程が広い。文法性の判定を、意味の有無からも、実際にどれだけ発話されてきたかという頻度からも切り離すからだ。

チョムスキーが挙げる"Colorless green ideas sleep furiously"(色のない緑の観念が猛烈に眠る)という文は、その象徴としてよく知られる。この文は無意味であり、それ以前に発話された可能性もほぼないにもかかわらず、英語話者には文法的だと判断される。語順を入れ替えた"Furiously sleep ideas green colorless"は、同じ単語の集まりでありながら文法的でも意味的でもないと判断される。この対比によって、文法性は意味の有無にも使用頻度にも還元できない、独立した形式的な性質として立てられる。

そのうえで本書は、当時有力だった確率的な言語モデル、すなわち直前の要素だけを手がかりに次の要素を選んでいく有限状態のモデルでは、自然言語の文法性を捉えきれないと論じる。文の内部に別の文が入れ子になり、そのまた内部にさらに別の文が入れ子になるという構造をどれだけ重ねても、離れた要素同士の一致関係は保たれるが、これは直前の状態しか参照できない装置には原理的に扱えない。ここから本書は、句構造規則によって基底となる文の構造を生成する部分と、能動文を受動文に、平叙文を疑問文に変換したり、複数の文を一つに埋め込んだりする変形規則の部分とを組み合わせた文法モデルを提示する。同じ文の集合を生成できる規則の体系が複数ありうるとき、どちらを採るべきかを単純性という基準で決めようとした点も、本書の議論の核の一つである。少数の規則とその適用から無限の文を導く、この仕組みこそが生成文法という呼び名の由来になっている。

統辞構造論を入口にすると、文法は分類の対象ではなく生成の仕組みとして見えてくる

本書がしばしば言語学の「革命」の起点として語られるのは、理論の技術的な精緻さ以上に、言語学が対象とすべきものそのものを変えたからだ。それまで有力だった記述言語学は、集めた発話資料を分類し、そこに現れる要素の分布から規則性を取り出す作業に重きを置いていた。チョムスキーが代わりに置いたのは、話者の内側で働き、有限の規則から可能な文を無限に生み出す装置としての文法である。実際の発話の背後に、話者に内在する規則の体系を想定するこの発想には、のちに『統辞理論の諸相』(1965)で「言語能力」と「言語運用」の区別として定式化される芽が、すでに埋め込まれている。

この転換は、『一般言語学講義』でソシュールが行った仕事と対比すると位置づけやすい。ソシュールは、個々の発話であるパロールの背後に、言語共同体が共有する体系としてのラングを見出そうとした。ラングは項と項の差異によって値が決まる、いわば静的な体系として描かれる。ラング/パロールの区分でいえば、統辞構造論が求めたものもラングの側にある何かではあるが、それは項目の在庫ではなく、有限の規則から無限の文を能動的に生み出す手続きとして構想し直されている。体系を関係の網として記述するか、規則を適用して文を生成する手続きとして記述するかという違いは、20世紀の言語学がたどった道筋を読むための一つの補助線になる。

知脈の観点からすれば、本書は言語という一つの狭い対象を、心のはたらきそのものを問うための手がかりへと開いた結節点として読める。文をどう組み立てるかという技術的な問いが、規則を内側に持つ主体とは何かという問いへとつながっていく、その最初の一歩を示す本として、統辞構造論はいまも読み返す価値を失っていない。

参考資料

- ノーム・チョムスキー『統辞構造論』 - Noam Chomsky, Syntactic Structures (1957) - Ferdinand de Saussure, Cours de linguistique générale (1916) - Zellig S. Harris, Methods in Structural Linguistics (1951) - Noam Chomsky, Aspects of the Theory of Syntax (1965)

キー概念(10件)

生成文法
100%

本書は生成文法という研究プログラムそのものを提唱する記念碑的著作であり、文法を『文の集合を生成する装置』として定式化し、句構造規則と変換規則を組み合わせた形式モデルを英語の具体例とともに提示する。

変換規則
95%

本書の中心的な提案であり、能動-受動変換や否定文・疑問文の形成を具体例に、句構造規則のみでは記述が煩雑になる文法現象を、規則的な変形操作によって単純かつ体系的に説明する枠組みが展開される。

文法性と意味の独立
90%

本書は『無色の緑の観念が猛烈に眠る』という、無意味だが文法的な文と、同じ語をでたらめに並べた非文法的な文とを対比させ、文法性の判断が意味的な有意味性から独立に成立することを具体的に示す。

句構造規則
80%

本書では文法の基礎層として句構造規則が導入される一方、能動文と受動文の間に見られる体系的な対応関係のように、句構造規則だけでは捉えきれない文同士の関係があることが示され、変換規則を導入する動機として位置づけられる。

統語論の自律性
75%

本書は文法性の判断が意味的な有意味性から独立に下されうることを示すことを通じて、統語論を意味に依存しない自律した研究対象として確立しようとする立場を打ち出し、以後の言語理論に大きな影響を与えた。

有限状態文法の限界
70%

本書第3章では、有限状態文法が英語の文法性を捉えきれないことを具体例とともに論証し、句構造文法・変換文法というより強い生成力を持つモデルへ移行する必然性を示す。この議論はのちに文法の複雑性を階層づける、いわゆるチョムスキー階層の考え方へとつながっていった。

言語使用の創造性
70%

本書は文法を有限の規則から可算無限の文の集合を生成する数学的装置として定式化することで、この創造的な言語使用をいかに説明するかという問いに取り組み、生成文法という研究プログラムの基本動機として提示する。

言語能力
65%

本書では『能力/運用』という術語自体はまだ用いられていないが、母語話者が新奇な文の文法性を直観的に判断できるという事実を出発点に、その基盤にある規則体系を文法として明示化する問題意識が示され、この区別は後の『文法理論の諸相』で明示的な術語として確立される。

文法の単純性
60%

本書では、句構造規則に変換規則を加えることで、個別に記述すれば複雑になる関連文同士の規則群を全体としてより単純に記述できることを示す論拠として単純性が繰り返し用いられ、変換文法の採用を動機づける。

核文
55%

本書では英語の文全体を、基本的な核文とそこから種々の変換によって派生する文とに整理する枠組みが提示され、統語現象の記述に用いられるが、この発想は後の生成文法の理論的展開の中で修正・放棄されていく。