つきあい方の科学——バクテリアから国際関係まで
ロバート・アクセルロッド
訳:松田裕之
『利己的な遺伝子』の隣に、『つながり——社会的ネットワークの驚くべき力』が立つ。あいだに必要だったのは道徳論ではなく、「次も同じ相手に会う確率」を扱う一冊だった。『つきあい方の科学』は焦点を一組の相手へ寄せる。中央の権威がなくても、自利的な二者はどんな条件なら協力できるのか。
一度きりを「次も会う」場へ変える
囚人のジレンマでは、相手がどちらを選んでも、自分だけを見れば裏切るほうの利得が高い。けれど二人とも裏切ると、二人で協力した場合より悪い結果になる。一回限りなら、このねじれはほどけない。
アクセルロッドが置き直したのは、同じ二者がまた出会う可能性である。終わりがあらかじめ決まっておらず、今回の手が次回の相手の手に返ってくるなら、過去に応じる戦略が意味を持つ。協力は人格の美しさではなく、関係の時間から考えられるようになる。副題が「バクテリアから国際関係まで」と大きく振れるのは、この小さな模型を異なる縮尺へ置く本だからだ。
最も単純な一手が二度勝った
二回のコンピュータ大会で、提出された戦略群のなかで最高の平均得点を得たのがしっぺ返し戦略、TIT FOR TATだった。手順は二つだけ。最初は協力する。次からは相手が直前にしたことを返す。先に裏切らず、裏切りには応じ、相手が協力へ戻れば一度の応報後にこちらも戻る。
ここで「二度勝った」を「いつでも最強」と読み替えてはいけない。大会は特定の利得、反復回数、参加戦略の組み合わせで行われた。1981年の分析が示したのも、将来また会う確率が十分高いなど、モデルの条件が満たされるときの頑健性と安定性である。非協力者ばかりの場へ一人で入れば必ず広がる、という話でもない。協力者どうしが出会える小さな集まりなど、最初の足場が要る。
遺伝子から二者へ、二者から網へ
互恵的利他主義は、ロバート・トリヴァースが1971年に提示した進化生物学の枠組みで、非血縁者間の利他的行動と、それにただ乗りする相手への選択を扱う。TFTはそれと同じ概念ではない。アクセルロッドは、互恵に基づく協力の一部を反復囚人のジレンマへ絞り、開始・混合環境での強さ・成立後の安定という別々の問いにした。
この区別が三冊の橋になる。『利己的な遺伝子』から来た読者は、選択の論理と協力が両立する条件を二者の履歴で見られる。『つながり』へ進む読者は、二者が誰と出会うか、その関係がどんな網に埋め込まれているかを次に問える。直接の理論的継承を主張する並びではない。問いの縮尺を渡す棚である。
万能の処方箋ではなく、条件を測る本
後続研究をまとめた1988年のレビューでは、参加人数、選べる手、利得、誤認や実行ミス、将来の重み、集団の動きと構造によって結果が変わることが検討された。小さなノイズには寛大さが助けになりうる一方、寛大すぎれば利用される。複数の変異戦略が同時に入る場合には、単一の侵入者だけを見る安定性もそのままでは通用しない。
だから本書から持ち帰るものは「裏切られたら同じだけ返せ」という標語ではない。協力が始まる足場はあるか。次も会う見通しはあるか。誤解のあとに戻る道はあるか。『つきあい方の科学』は、協力を礼賛する前に、その三つを棚卸しさせる。
参照した資料
- 日本語版の書誌(国立国会図書館) - Axelrod & Hamilton, The Evolution of Cooperation(1981) - Axelrod & Dion, The Further Evolution of Cooperation(1988) - Trivers, The Evolution of Reciprocal Altruism(1971)