自己複製
自己複製とは、システムが自分自身のコピーを作り出す能力を指す概念であり、生命の最も根本的な性質のひとつとして、また人工知能・コンピュータ科学・哲学の中でも重要な探求対象となっている。福岡伸一は著書『生物と無生物のあいだ』において、DNAによる自己複製を生命の中核的メカニズムとして論じた。
自己複製をめぐる定義
生命の自己複製はDNAの二重らせん構造によって支えられている。二本の相補的な鎖が分離し、それぞれが鋳型となって新しい鎖が合成される——この半保存的複製は、情報の正確な伝達を驚異的な精度で実現する。ヒトゲノムの約30億塩基対が複製される際のエラー率は10億分の1程度という驚異的な精度だ。この精度は複雑な校正・修復機構によって達成される。
しかし自己複製は完全ではない。わずかなエラー(突然変異)が蓄積することで、遺伝的多様性が生まれ、自然選択が働き、進化が可能になる。完全な自己複製は遺伝的な多様性を生まず、進化も起きない。不完全な自己複製こそが進化の燃料だ——これが遺伝子プールの多様性の源泉でもある。
自己複製を支える論拠
フォン・ノイマンは1950年代に自己複製オートマトンの理論を展開し、自己複製する機械の論理的可能性を数学的に示した。物理的な機械ではなく、情報として自己複製の原理を理解したことで、コンピュータウイルス・自己書き換えコード・進化的アルゴリズムの理論的基盤が生まれた。
興味深いのは、DNAという情報媒体は自己複製できるが、その複製を実行するのはタンパク質(酵素)であり、タンパク質の設計図はDNAにあるという鶏と卵の循環だ。最初にDNAが来たのか、タンパク質が来たのか——「RNAワールド仮説」は、RNAが情報媒体と触媒の両方として機能した原始的な自己複製システムが先にあったと提唱する。
自己複製への批判
自己複製を生命の定義に据えることへの批判もある。ウイルスは宿主なしに自己複製できず、ウイルスは「生命か非生命か」という問いを難しくする。また自己複製する化学システム(オートカタリシス)は試験管内でも作れるが、それを「生命」と呼ぶかは疑問だ。生命とは何かという問いには、自己複製以上の要素(代謝・膜・進化能力)が必要かもしれない。
自己複製が残すもの
自己複製という概念が示す根本的洞察は「情報が物質を超えて持続する」ということだ。DNAという情報は億年単位で受け継がれ、宿主の身体(乗り物)は入れ替わる。動的平衡の視点と組み合わせると、生命とは物質ではなく情報のパターンの持続として捉えられ、「私とは何か」という問いに新しい生物学的な地平が開ける。
細胞という奇跡の単位
一個の細胞が持つ機能の複雑さは、現代の最先端技術をも超える。生物と無生物のあいだが描くように、細胞は「生きている」ということの意味を体現した最小単位だ。エネルギーを変換し、情報を処理し、環境に応答し、自己を複製する——この四つの機能が同時に成立することが生命の条件である。細胞内のタンパク質が互いに相互作用し、一つの目的に向かって協調する様子は、組織や社会の縮図でもある。細胞を理解することは、生命そのものを理解することだ。
この概念を扱う本
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この概念を扱う本(1冊)
福岡伸一
生命の重要な特徴の一つとして論じられるが、自己複製だけでは生命の本質を捉えきれないことが、動的平衡の概念とともに議論されている。