目的論
「あの時のトラウマが、今の私を不幸にしている」——フロイト的な原因論の語り方だ。アドラーはこれを根本から拒絶した。人間の行動を説明するのは過去の原因ではなく、未来の目的だ——この「目的論」は、同じ過去を持ちながら現在を変える可能性を示す。
原因論と目的論の対立
フロイトを代表とする精神分析の原因論は:過去の経験(特に幼少期のトラウマ)が現在の心理的問題の原因だ、と考える。過去を分析することで現在を理解し、変えられる——これが古典的な心理療法の構造だ。
アドラーの目的論は逆だ:人は現在の行動を過去で説明するのではなく、未来の目的で説明する。不登校の子供は「学校でいじめられたから行けない」のではなく、「学校を休むという目的のために、不安という感情を使っている」かもしれない。この見方は挑発的だが、重要な含意を持つ。
岸見は哲学者の「青年」と「哲人」の対話形式で、この対立を鮮明にする。青年は原因論から自分の不幸を語る——「こんな育ちをしたから、こんな自分になった」。哲人は問い返す——「あなたは今、その過去を『不幸な自分』の目的のために使っていないか」。
課題の分離との関係:目的論的に見ると、「他者の課題に干渉すること」も目的のある行動だ。子供の行動に干渉する親は、「心配している自分」という自己イメージや、「コントロールしたい」という目的のために干渉しているかもしれない——原因(子供が心配だから)ではなく目的(支配欲の充足)で理解する。
目的論の限界と誤解
目的論は重要な誤解を生みやすい。「あなたは目的のために不幸を選んでいる」という言い方は、被害者への責任転嫁に聞こえる可能性がある。深刻なトラウマ、社会的差別、経済的困窮——これらを「目的のために選んでいる」と言うことは不公正だ。
岸見の目的論の真の意図は、「過去は変えられないが、現在の解釈と行動は選べる」という自由の可能性を示すことだ。これは「過去の影響がない」という主張ではなく、「過去の影響を受けながらも、そこからどう行動するかは選べる」という主張だ。
劣等感とコンプレックスとの関係:アドラーは劣等感を目的論的に解釈する。劣等感を「成長の動機」として使う人もいれば、「努力しない言い訳」として使う人もいる——同じ劣等感でも、どう使うかは自分が決める。
現在に生きるための目的論
目的論の実践的含意は、「今何ができるか」への集中だ。原因論は視線を過去に向け、「なぜこうなったか」を問う。目的論は視線を現在と未来に向け、「今何を選ぶか」を問う。過去の経験は事実として残るが、今の行動の決定権は今の自分にある——これがアドラー心理学の根本的な人間観だ。
共同体感覚と目的論の関係:共同体への貢献を「目的」として持つ人は、困難な状況でもその目的に向かって行動する自由を持つ。過去の傷が動機を奪うのではなく、目的が過去の傷を超える力の源になる——これがアドラーの人間への信頼の表れだ。
目的論的人間観は、心理療法の実践にも影響を与えている。認知行動療法(CBT)は「過去のトラウマを掘り下げる」より「現在の思考パターンを変える」ことに集中する——これは原因論より目的論に近い構造を持つ。アドラー心理学から派生した「アドレリアンセラピー」は、今日も世界各地で実践されている。「あなたはどんな人間になりたいか」という目的への問いが、変化の出発点になるという考えは、コーチングにも受け継がれている。
この概念を扱う本
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この概念を扱う本(1冊)
岸見一郎
アドラーは原因論を否定し、目的論的に人間行動を解釈した。岸見はこれをトラウマ概念の否定として提示。