知脈

学際性

interdisciplinarity分野横断学問融合

学際性とは、異なる学問分野の境界を越えて協働し、単一分野では到達できない新しい知見を生み出すアプローチだ。サンタフェ研究所(SFI)はその設立理念として学際性を掲げ、物理学者・経済学者・生物学者・コンピュータ科学者が複雑系という共通の問いのもとに集まる実験的な研究環境を作った。ワラスが『複雑系』でそのドラマを描いた。

なぜ分野の壁が問題なのか

20世紀の科学は専門化・細分化によって驚異的な進歩を遂げた。しかしこの専門化は「分野の壁」という副作用を生んだ。物理学者は経済学の論文を読まず、生物学者は経済数学を使わず、社会学者は物理学の思考ツールを知らない。

この壁は、複雑な問題——気候変動・感染症パンデミック・金融危機・社会的不平等——が複数分野の知識を必要とする場合に障害になる。単一分野の「最適解」が、別の分野の考慮を無視したために失敗することがある。薬の副作用を物理化学だけで最適化しても、人体の複雑系としての動態を無視すれば失敗するように。

サンタフェ研究所の実験

サンタフェ研究所は1984年にジョージ・コーワン、マレー・ゲルマン(ノーベル物理学賞受賞者)らによって設立された。「複雑系(complex adaptive systems)」という問いを共通語として、異分野の研究者が長期滞在・共同研究する場を作った。

最初期の研究者たちの対話は噛み合わなかった。物理学者と経済学者は同じ数式を使っても意味が違い、同じ用語を使っても定義が違う。しかしこの「摩擦」が創造的な対話を生んだ——前提を疑い、類似性を見つけ、新しい問いを立てる機会が、異分野の衝突から生まれた。

学際研究が生む新しい問い

学際性の最大の成果は、単一分野では思いつかない問いを立てることだ。「市場はどのように自己組織化するか」という問いは、経済学単独では「見えない手(スミス)」に帰着するが、自己組織化の物理学的視点を持ち込むと、市場を複雑適応系として分析できる。「生態系の安定性はどう決まるか」という問いに対して、適応・進化・ゲーム理論の学際的アプローチが、従来の均衡論とは異なる答えを生んだ。

エコーモデルのように、生物進化・経済・免疫系を同一の計算的枠組みで記述できるという発見は、学際的な視点なしには起きなかった。

学際性の限界と課題

学際研究には固有の困難がある。評価制度——学術誌・テニュア審査——が単一分野に最適化されているため、学際研究者はどこの分野でも「半人前」に見られるリスクがある。「誰にも完全には評価されない」という孤立感が学際研究者を悩ませる。

また、深い専門知識なしの「何でもつまみ食い」的学際性は深みがない。真の学際性は少なくとも一つの分野で深い専門性を持ちながら、他分野の深みも理解する「T字型知識」を必要とする。カオスの縁のように、完全な専門化(秩序)でも完全な折衷主義(カオス)でもない「両者の間」にこそ、創造的な学際研究が育つ。

現代における学際性の制度化

サンタフェ研究所の成功は多くの学際研究センターの設立を促した。複雑系研究所・計算社会科学センター・システム生物学センターなど、「単一分野を超えた問い」を中心に据えた研究機関が世界中に生まれた。

大学教育でも「データサイエンス」「神経科学」「持続可能性科学」などの新しい学際的専攻が普及した。これらは経済学・生物学・物理学・コンピュータ科学などの組み合わせで成立する。

しかし制度的な学際化は時に「擬似的な学際性」を生む——名前だけが学際的で、実際には各分野の専門家が並列に仕事するだけの「多分野連携」に留まる。真の学際研究は共通の問い・共有された方法論・相互批判的な知的文化を必要とする。エコーモデルの開発が示すように、学際的な突破は特定の問い(複雑適応系)への真剣な取り組みから生まれる。

概念ネットワーク

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この概念を扱う本(1冊)

複雑系――科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち

サンタフェ研究所の設立理念そのものであり、物理学者、経済学者、生物学者、コンピュータ科学者が共同研究する場として機能した。