合本主義
株式会社という仕組みが日本に導入されたとき、それを積極的に活用しながら「社会のための資本」として設計しようとした人物が渋沢栄一だった。合本主義とは、個人の利益のためではなく社会全体の利益を目的として資本を集め、事業を営む資本主義の形態だ。渋沢が関わった約500の企業が、商業一般から慈善事業まで幅広かったことは、この思想の実践性を示す。
渋沢が構想した資本主義
論語と算盤で渋沢が描いた合本主義は、西洋の株主資本主義と明確に異なる。西洋的な株式会社は「株主への配当最大化」を第一義とする——マネジャーは株主の「エージェント」として行動することが制度的に求められる。渋沢の合本主義では、事業は「社会的使命」を持ち、株主への利益は「社会貢献の結果として」生まれる。渋沢が参画した企業には、今日の三菱商事・東洋紡・キリンビールなどの前身が含まれる。これらの企業を「社会的使命を持つ公的存在」として設計しようとした渋沢の意図は、明治の「欧化」の中で独自の日本型資本主義の思想を形成した。
「士魂商才」との連関
合本主義は士魂商才という人材像と表裏一体だ。武士道的な精神(社会への貢献・誠実さ・長期的視野)と商才(経営判断・数字の理解・利益確保)を兼ね備えた人材が合本主義を実践する担い手となる。武士道の伝統と商業経済の融合——これが渋沢の描いた日本型経営者の理想像だ。道徳と経済の両立が思想的な公式なら、合本主義はその制度的表現、士魂商才はその人材論的表現だ。
現代の問い:株主資本主義への再考
2008年の金融危機以降、「株主資本主義」への批判が強まっている。2019年にアメリカの主要企業の経営者団体「Business Roundtable」は、企業の目的を「株主価値最大化」から「全ステークホルダーへの価値提供」に再定義した宣言を発表した。これは渋沢の合本主義への(意図せずの)接近だ。義利合一という儒教的経済倫理を現代語に訳すと、「倫理的に正しい行動が長期的な経済的価値を生む」という「共通価値の創造」論と重なる。渋沢の思想は「日本の過去の知恵」ではなく、現在進行形の資本主義の変革論として読み直せる。
合本主義が問う株式会社の倫理的基盤
渋沢栄一が構想した合本主義は、資本を「合わせること」の倫理的意義を強調している。個人の資本では実現できない大事業を多くの出資者の協力によって成し遂げるという株式会社の原理に、渋沢は単なる資本の集積以上の意味を見た。それは社会全体の利益に貢献する目的のために、多くの人々が資本という形で連帯するという社会的契約の形態だ。この見方からすれば、株式会社は私的な利益追求の道具というより、社会的目的を持つ公共的な制度として設計されるべきものとなる。
現代のコーポレートガバナンス(企業統治)の議論は、合本主義的な問いを継続している。ミルトン・フリードマンが主張した「企業の唯一の社会的責任は株主への利益最大化」という立場と、マイケル・ジェンセンらが後に修正した「長期的な株主価値の最大化は社会的責任を含む」という立場の間の論争は、合本のための「主義」をどこに置くかという問いの現代的展開だ。B Corp認証(公益を社会使命とする企業の認証制度)は合本主義的な企業理念の制度的表現とも読める。
合本主義は道徳と経済の両立という問いの制度的・実践的な表現形態として位置づけられる。義利合一という理念が個人の内面における道徳と利益の統一を目指すのに対して、合本主義はその統一を組織・制度のレベルで実現しようとする試みだ。士魂商才の精神は合本主義的な経営者が体現すべき資質として、個人と組織の倫理を結ぶ。
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渋沢栄一
渋沢は約500の企業・社会事業に関与し、合本主義を実践した明治経済の立役者であった。