知脈

ネアンデルタール人との交雑

ネアンデルタール混血introgression古代人類との交雑

ネアンデルタール人は絶滅した——それは正確ではない。より正確には、ネアンデルタール人の遺伝的遺産の一部が、現代の非アフリカ系人類のゲノムに今も生きている。2010年にスバンテ・ペーボのチームがネアンデルタール人のゲノム解読を発表したとき、現代人のゲノムの1〜4パーセントがネアンデルタール人由来である可能性が示された。この発見は、人類史の理解を書き換える衝撃を持っていた。出会いは起き、混交は起き、その痕跡は私たちのゲノムの中に残っている。

ゲノムが証明した出会いの跡

数万年前、アフリカを出たホモ・サピエンスがユーラシアに進出したとき、そこにはネアンデルタール人がすでに数十万年にわたって棲息していた。彼らは異なる種——あるいは亜種——と見なされてきたが、実際には繁殖可能な交雑が生じた。この事実は、古代DNAの解析が実現するまで証明されなかった。形態学的な証拠から交雑の可能性を主張する研究者は以前からいたが、化石だけでは決定的な証拠を示せなかった。篠田謙一の『人類の起源』は、この交雑がいつどこで起きたか、そしてネアンデルタール由来の遺伝子が現代人の免疫・代謝などの形質に与えた影響を、最新のゲノム研究をもとに解説している。

交雑の時空と経路

交雑は単一のイベントではなかった可能性が高い。現在の推定では、出アフリカ後にユーラシアに到達したホモ・サピエンス集団が、ネアンデルタール人集団と複数回にわたって交雑したとされる。アフリカ系の人々にネアンデルタール人由来のDNAがほとんど含まれないのに対し、ヨーロッパ・東アジア・オセアニアの人々が1〜4パーセント程度を持つことは、交雑がアフリカ出発後、中東付近で最初に起きたことを示唆する。さらに複雑なのは、デニソワ人との交雑も並行して起きており、オーストラリア先住民やメラネシア人のゲノムにはより多くのデニソワ人由来のDNAが含まれている点だ。共通祖先を共有しながら異なる経路で分岐した集団が、地理的な再会によって遺伝子を混交させた——その複雑な歴史が、ゲノムの層状構造から読み解かれている。

受け継いだものと失ったもの

ネアンデルタール人由来の遺伝子は、ランダムに保持されたのではない。自然選択が働き、現代人の環境適応に有利な部位は残り、有害な変異は集団から除去されていった。免疫系の遺伝子、特にウイルスへの応答に関わる遺伝子にネアンデルタール由来の変異が多いことは、出アフリカ後に新しい病原体環境に直面したホモ・サピエンスが、ネアンデルタール人の長年の適応を「借用」した可能性を示す。一方で、ネアンデルタール人の痕跡が特に少ない領域も存在する——精子形成に関わる遺伝子や、脳の発達に関わる領域だ。これは雑種個体の生殖能力に問題があったことを示唆するかもしれない。スバンテ・ペーボが著書『ネアンデルタール人は私たちと交配した』で論じるように、この発見は「人類とは何か」という問いに新たな層を加える。消えていった者たちが残した痕跡と、消えなかった痕跡の差の中に、二つの集団の出会いの深さが刻まれている。さらに、この交雑の発見は古人類学の分類体系そのものを再考させる契機となった。ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは「種」として隔離されていなかったのか——それとも種の定義自体が硬直した概念だったのか。生物学的種概念(繁殖隔離を種の境界とする考え方)を持ち出せば、実際に交雑して生殖可能な子孫を残したのなら、両者は「同種」ということになる。分類学的な問いと実態の乖離が、古代DNA研究が突きつける哲学的な問いの一つだ。

この概念を扱う本

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この概念を扱う本(1冊)

人類の起源
人類の起源

篠田謙一

85%

本書ではこの交雑がいつどこで起きたか、またネアンデルタール由来の遺伝子が現代人の免疫・代謝などの形質に与えた影響を、最新のゲノム研究をもとに解説する。