時間の矢
「時間の矢」とは
物理法則の多くは時間反転対称なのに、私たちの経験では時間が一方向に流れる現象の謎。
別名・関連語としてarrow of time、時間の方向性、時間の非対称性とも呼ばれる。
『時間の矢』における時間の矢
コヴニーは熱力学的時間の矢・宇宙論的時間の矢・心理的時間の矢の三つの側面を論じた。
なぜ過去だけが記憶できるのか
時間の矢が持つ最も日常的で、しかし哲学的に深い謎は、記憶の非対称性だ。私たちは過去の出来事を覚えているが、未来の出来事は覚えていない。この事実は自明のように見えるが、物理法則の時間対称性から見れば自明ではない。なぜ神経系は過去の状態の「痕跡」を保持できるのか。それは熱力学的な因果の方向性——高いエネルギー状態が低いエネルギー状態に向かう不可逆なプロセス——が、過去から未来への「痕跡形成」を可能にするからだ。「記憶する」という行為そのものが、熱力学的な時間の矢に乗って成立している。時間が「流れる」という主観的な経験は、この物理的な非対称性と脳の情報処理アーキテクチャが交差する場所で生まれる。
近い概念とのつながり
時間の矢を理解する上で、関連する概念との比較が助けになる。
- [カオス理論](/concepts/%E3%82%AB%E3%82%AA%E3%82%B9%E7%90%86%E8%AB%96)—決定論的な系でも初期条件への鋭敏な依存性から予測不可能な振る舞いが生じるという理論。 - [散逸構造](/concepts/%E6%95%A3%E9%80%B8%E6%A7%8B%E9%80%A0)—エネルギーを散逸させながら維持される秩序構造。生命・都市・経済がこの例。プリゴジンが提唱。 - [熱力学的平衡](/concepts/%E7%86%B1%E5%8A%9B%E5%AD%A6%E7%9A%84%E5%B9%B3%E8%A1%A1)—系が到達する最終状態。すべてのエネルギー差が均一化され、エントロピーが最大になった状態。
この概念をもっと知りたいなら
時間の矢について深く学ぶには、以下の著作が参考になる。
- [『時間の矢』](/books/時間の矢) — ピーター・コヴニー 時間の非対称性(なぜ過去から未来へしか流れないか)を物理・熱力学・複雑系の観点から探る。プリゴジンの散逸構造論を中心に、時間の一方向性の起源を論じる。...
時間の矢の深層:なぜ過去だけが記憶できるのか
時間の矢のもつ最も日常的で哲学的に示唆的な側面は、記憶の非対称性だ。私たちは過去のことを覚えているが、未来のことは覚えていない(正確には「まだ起きていない」)。この自明に見える事実は、物理法則の時間対称性から見ると自明ではない。なぜ神経系は過去の状態の「痕跡」を保持するのか。それは神経系が過去の刺激によって引き起こされた構造的変化を保持するからだ。この「痕跡形成」の非対称性は、熱力学的な因果の矢——過去が原因で未来が結果である——と結びついている。
「時間の流れを感じる」という主観的な経験の謎も時間の矢と関わる。客観的な物理学では時間は座標のひとつに過ぎないが、私たちは時間が「流れる」という強い主観的印象を持つ。この印象はなぜ生まれるのか。現在の瞬間が特別に感じられるのは脳の情報処理のアーキテクチャによるものなのか、それとも時間の物理的性質の反映なのか。クリフォード・ピックオーバーのような研究者は「現在」という感覚が意識の解明において重要な鍵となると考えている。
時間の矢はエントロピーの増大という熱力学的法則と最も直接的に結びついており、エントロピーが時間の方向性を物理的に定義するという主張の核心をなす。熱力学的平衡は時間の矢が指し示す終着点として、エントロピーが最大化された静的な状態を示す。カオス理論は時間の経過に伴う系の予測不可能性の増大という意味で時間の矢と結びついている。
この概念を扱う本
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この概念を扱う本(1冊)
ピーター・コヴニー
コヴニーは熱力学的時間の矢・宇宙論的時間の矢・心理的時間の矢の三つの側面を論じた。