デカルトの誤り
アントニオ・ダマシオ
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概要
感情と理性の神経科学的関係を解明。身体化認知、身体図式、動物的精神、神経系、幻肢の神経基盤、神経相関を論じる。
キー概念(12件)
本書の中核的仮説として提唱される。フィネアス・ゲージやEVRといった前頭葉損傷患者が知性・記憶・言語を保ちながら社会的判断が壊滅する事例から帰納的に導かれ、感情が理性に不可欠だというデカルト的二元論への正面からの反論となっている。
書名そのものがこの批判を指す。デカルトの「我思う、ゆえに我あり」が身体を捨象した思考主体を前提とすることを問題視し、感情と身体なしには「考える主体」は成立しないことを前頭葉損傷患者の事例で示す。
本書の最も重要なメッセージのひとつ。前頭葉損傷患者EVRが完璧な論理推論能力を保ちながら日常的意思決定に失敗する事例を通じ、「感情は理性の敵」という西洋哲学の伝統的見解を神経科学で覆す。
ダマシオは「心は脳の中だけにある」というデカルト的図式を批判し、感情・感覚・身体表象が思考の基盤を形成することを神経科学的に論証する。身体からの信号が「as-if body loop」として意思決定に統合される仕組みが詳述される。
ダマシオは一次感情(扁桃体が媒介する先天的感情プログラム)と二次感情(前頭前皮質が関与する学習された感情)を区別し、前頭葉損傷患者が二次感情の喪失により社会的判断を失う過程を詳細に記述する。
本書後半の意識論の骨格をなす区別。身体状態が脳に表象されて「感じ」が生じるという議論は、身体化認知とソマティック・マーカー仮説を意識の問題に接続するものであり、後続の『感じる脳』での意識論へと発展する。
ダマシオはこの区別を用いて、前頭葉損傷患者が一次感情(生理的反応)を保ちながら二次感情(社会的判断に必要なソマティック・マーカー)を失う様子を説明する。人間特有の高次判断には二次感情の学習が不可欠とされる。
ダマシオは感情の意識的体験(「感じ(feeling)」)と非意識的な感情反応(「情動(emotion)」)を区別し、前者がどのように脳内表象として生まれるかを問う。意識はいかにして身体状態の表象から生じるかという問いが本書後半の主題となる。
ダマシオは意思決定の際に脳が身体の現在状態を参照する仕組みを説明するために身体図式の概念を用いる。「as-if body loop」において、実際の身体信号がなくても脳が身体状態をシミュレートできる根拠として位置づけられる。
ダマシオの研究の核心的な神経解剖学的焦点。この領域の損傷がソマティック・マーカー機構を破壊し、知性・記憶・言語を保ちながら社会的判断が壊滅する「デカルトの誤り」を体現する患者を生み出すことが本書の経験的基盤となっている。
ダマシオは本書冒頭でゲージの症例を再検討し、腹内側前頭前皮質の損傷がソマティック・マーカー機構を破壊することを示す歴史的証拠として位置づける。現代の患者EVRとの対比を通じ、感情と社会的判断の神経基盤の理論を構築する。
ダマシオは幻肢を、脳が身体からの信号なしに身体表象を生成できることの証拠として取り上げる。これは「as-if body loop」——実際の身体状態がなくとも脳が身体シミュレーションを行える——という概念を支える神経学的事実として提示される。